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ババ様です。

少し遡って、ホイホイくんが覚醒しちゃう前のババ様です。

ホイホイくんが物の怪退治のお便利アイテムだった頃のババ様です。

或る意味、ふと思い付いて一日で仕上がっちゃう程度の、街角の物の怪退治的なお話。

ババ様の原点ともいえます。

昨日、思い付いて、今日・・・あまりにも暇だったので書いてみました。

あまり削除ばかりしていると、極々一部の方々から叱られそうなので、これからは晒しておく方向で(汗)。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆




蟲ババ様~「這う人」って・・・コラコラ!某名探偵のタイトル丸パクリじゃないか!の巻




「父さんが母さんを殺した。だから、僕は逃げている。影を伝い、暗闇に紛れて路地裏に姿を隠しながら、僕はずっと父さんから逃げ続けている」

ずるり。

ずるずる。

がん。ごつん。がつっん。ごちん。

物陰に潜む僕の耳に、先程から地面を打ち付けるような物音が近付いてくる。

僕は、息を潜めて様子を窺う。

月も星も出ていない。まるで僕の恐怖心を煽るかのような漆黒の闇が僕の身体を覆い隠している。視線を向けた通りまでが光を失い、薄墨を垂らし込めたかの如く、全てのシルエットが曖昧なまま混ざり合っている。

ずるり。

ずるずる。

がん。ごつん。がつっん。ごちん。

刻が経過するに従って、不可解な物音は近付いてくる。父さんが僕を捜しているのだろうか。

刻。

今の僕に、時間の観念など存在するのだろうか。

たった一夜、数時間の逃亡劇のような気もする。

もう何十年も、隠れながらこの場に留まっているような気もする。

僕の心を浸食する恐怖心が、時間など食い潰してしまったのだろう。

父さんも、母さんも、優しい人だった筈なのに、何故、こんなことになってしまったのか。

ずるり。

ずるずる。

がん。ごつん。がつっん。ごちん。 

微かだった物音が、どんどんと近付いてきた。暗闇の中で、『がつん』とか『ごつん』と云う音に合わせて火花が散っている。色彩を失った僕の視界に、金色の火花が一瞬、華々しく瞬いている。

僕を何一つ不自由な思いをさせることなく育ててくれた父さん、いつも見ていた父さんの大きな背中。大きな会社を経営して、忙しそうに働いていた父さん。皆が父さんに頭を垂れていた。どんな時でも、僕の誇りだった父さん。 

優しくて綺麗だった母さん。いつも僕に微笑んでいた母さん。一緒に歩けば、誰もが母さんの姿を見て振り向いた。まるで僕は、自分自身が大勢の人に注目され、羨ましがられているようで嬉しかった。

ずるり。

ずるずる。

がん。ごつん。がつっん。ごちん。

 物音が近付くに従って、音を発している人物の姿が朧気ながら浮かび上がってきた。

あれは、この世の人なのであろうか。

とても、そうは思えない。

物音を立てているのが、僕を追っている父さんではないことが分かって一安心した。しかし、それ以上に僕はその異様な姿に怖気をふるった。

男性だ。

男性が、地面を這っている。

しかも、仰向けの状態で這っている。まるで眠っているように目を閉じ、ピンと伸ばした両足を斜めに上げて仰向けになったままの状態で、ズルリ、ズルリと背中で地面を移動している。

ずるり。

ずるずる。

がん。ごつん。がつっん。ごちん。

男性の頭部が、地面の凹凸に合わせて打ち据えられる。その度に、衝撃で頭部から黄金の火花が散っている。

がつん。

ごつん。

僕の隠れている路地の脇を、男性が通り過ぎていく。背筋を使って移動しているのだろうか。それとも彼の背中には、触手の如き無数の小さな足が、びっしりと生えているのであろうか。僕の目の前を、目を瞑った男性の横顔が横切っていく。散った火花の欠片が、路地へと飛び込んできた。

微かな光は、直ぐに消え去ってしまったが、何も見えなかった路地裏を小さく照らし出した。暖かい、何故だかほっとさせてくれる光だった。激しくもなく、熱くもなく、まるで炭火で優しく凍てついた心を慰めてくれるような光だった。

一瞬の、微かな灯りが走馬燈のように僕の記憶を鮮明に投影する。

父さんが母さんを殺した理由は分かっている。父さんの会社は、父さんと母さん、そしてもう一人の男性と三人で創業したものだった。皆、近所に住んでいた幼なじみ。

多分、この三人で会社を大きくしていた時期が父さんの絶頂期だったかも知れない。

でも、父さんも、その男性も、幼いころから母さんを愛していた。二人とも全くそんな素振りを表に出さないまま、協力して会社を大きくしながら、水面下ではどちらが美しい母さんを射止めるか、激しく競っていた。

結局、母さんは父さんを選んだ。僕にしてみれば至極当選なことだろう。父さんが社長だったのだから。形としては、相手の男性が身を引いて、会社を自ら出て行き、自分で新しい会社を創ったらしい。

でも、その男性が居なくなり、母さんが家庭に入ったことで、父さんの背中には、今までの何倍もの重責がのし掛かるようになっていた。会社の業績も落ち込む一方。それでも、父さんは会社の為、従業員の生活の為、そして、僕に不自由な思いをさせないよう身を粉にして働き続けた。母さんも、どんなに会社が苦しくて、家庭が大変な時でも、僕に対してはいつも優しく微笑んでくれていた。

そんな両親の間に亀裂が生じたのは、資金繰りが忙しくなった時、いつもお母さんが実家から借りて来たと称していたお金が、実は会社を出て行った男性からものであることが発覚してからだった。頼る先がなくなった母さんが、幼なじみの男性の元へ泣きついたことを知った時の、父さんの顔は今でも忘れられない。

「たった一度の過ち」

誰も居ない所で、母さんはそう言って泣いていた。でも、僕は知っている。男性から借りたお金で、会社が窮地を脱したのは二度や三度ではなかったことを。何が、たった一度の過ちなのでだろう。

そして、父さんは母さんを殺した。会社の為でも、プライドの為でもない。きっと、父さんは母さんを奪われまいとして殺してしまったのだろう。

あの夜、眠っていた僕を優しく起こすと、父さんは僕の手を引いて家を出た。

「ママは」

尋ねる僕に、父さんは何一つ応えず俯いたままだった。母さんは全てを悟っていたのか、抵抗しなかった。父さんの顔は何故か穏やかだった。

僕は母さんに似ていたのかも知れない、父さんとは顔も骨格も体型も、全く似ていなかった。

「そのうち似てくるよ」

そんな話題になると、いつも父さんは寂しそうに呟き、そして笑った。夜中に、僕の手を引く父さんの顔は、そんな時に見せていた表情だった。

ずるり。

ずるずる。

がん。ごつん。がつっん。ごちん。

這う男が、ゆっくりと遠離っていく。

僕は、彼に導かれるように、路地をゆっくりと出て行った。彼のまき散らすささやかな金色の粒子に暖を求めるように。何故だか、彼に導かれるように。僕は身を隠していた漆黒の路地から通りへと、吸い寄せられるように足を踏み出した。

そして、彼の後を付いていく。

男の放った粒子を見る度、その中から僕は自分の記憶を手繰り寄せるように蘇らせていく。

あの夜、父さんは大きなお屋敷の前まで来ると、門の前で人を呼び、僕に手紙を渡して自分は消えてしまった。お屋敷に案内された僕が目にしたのは。そう、父さんと同じくらいの年をした、何処か僕に似た面影の男性だった。

ずるり。

ずるずる。

がん。ごつん。がつっん。ごちん。

待ってくれ。

何故、僕は寝ていた筈なのに、父さんが母さんを殺したことを知っているのだろう。母さんが、抵抗することなく、成されるがままに死んでいった光景を覚えているのだろう。 僕はあの時、自分の部屋で一人、眠っていた筈だ。

それに、如何して僕が父さんや母さんの幼馴染みである男性を知っているのであろう。しかも、その男性はお屋敷で僕を迎え入れてくれた、僕によく似た男性だった。

どすん。

這っていた男性の動きが、急に止まった。上に伸びていた両足が、激しい勢いで地面に降ろされる。否、支えを失って落ちた、と云った方が正確かも知れない。そんな印象だった。

その刹那、僕の背筋を冷たいものが走った。父さんに追われる以上の恐怖が僕に襲いかかり、金縛りに遭ったように僕はその場に立ち竦んでしまった。

よく見れば暗闇の中で、微かに青白く浮かび上がった這う男のシルエットの上方に、左右二つずつ、四つの目が光っていた。

その内の高い方の二つの目が、此方にゆっくりと近付いてくる。切れ長の綺麗な眼だった。まるで研ぎ澄まされた刃物のような鋭い視線。その眼が僕の正面に留まったと思った瞬間。

べきっ。

激しい衝撃が僕の顔面中央で炸裂した。

思わず跪いて見上げた僕の視界が真っ白に変わり、次第に鮮明に開けてくる。

僕の眼が捕らえたのは美しい女性だった。まるで女優さんの如きしなやかな肢体、整い過ぎて冷たさすら感じる怜悧な顔付き、優しかった母さんとは全く趣を異にした見目麗しい女性だった。

ばきっ。

今度は女性が振り上げた膝が、僕の顎を捕らえた。身動きの出来ない僕は、それでも身体を大きく逸らして仰け反っていると、振り上げられた踵が今度は脳天に振り下ろされてくる。

思わず倒れ伏した僕の襟首を掴んだ女性は、高々と僕を持ち上げると、今度は僕を地面に叩き付けた。

激しい痛みで呼吸もままならない僕は、大の字になってのびている。しかしその時、僕は信じられない光景を目の当たりにした。

夜なのに、空には星が瞬いていない。否、地上の明るさが星の光を打ち消しているのであろう。等間隔に備え付けられた真っ白な光が月明かりや星明かりを凌駕し、夜を浸食していた。その眩いばかりの冷たい光は、僕の知っているガス灯とは全く異質のものである。

地面もそうだ。

土の暖かみも柔らかさもまるで感じない。この地面は冷たく、恐ろしい程に固い。

「何故?何故、僕にこんな酷いことをするの」

喘ぎながら発した僕の一言に、女性は応えることもない。

「姐さん。この馬鹿、まだこんなこと言ってますけど、どうします」

女性は僕を無視して、もう一人の人物に声を掛けていた。

「あんたなぁ、ええ加減にしぃや。ほんまにもう」

もう一人の女性も、僕の方へ歩み寄ってきた。何だか、此方の女性は物凄く哀しそうな目をしている。

「アンタが誰よりも奥さんを愛していたちゅーことはウチにも分かるで。血ぃ繋がっとらんでも、息子さんを誰よりも大切に思っっとったちゅーことも理解出来る。血ぃ分けとらへんでも、アンタがあれだけ愛した奥さんの子供や、憎むこともでけたんやろうけど、アンタはほんま、あの子を大切に育てていた」

この女性は、一体何を言っているのだろうか。僕を誰と間違えているのだろうか。

「せやけどなぁ。アンタが子供を託した後、自らの命を絶ちきって、この世に留まってしもうたらあかんやろ」

女性はしゃがみ込むと、僕を覗き込むようにして言葉を続けた。

「アンタの未練がこの世に留まった御陰で、今のアンタは悪霊や。アンタがこんな処に留まっとるさかい、子供があんな不幸な目に遭ったんやで」

誰だ。一体、誰のことを言っている。この女性は。

「姐さん、こんな男に同情は禁物ですよ。此奴は最初から、何の取り柄も甲斐性もないヤツだったんです。奥さんや友人の力で成功しておきながら、いざ自分一人の力で社会を渡らなくてはならなくなった時には何も出来ない役立たずですから。それを、新しくゼロから会社を興した友人の所為にしたり、奥さんに八つ当たりして暴力ばかりふるったり、最低のヤツですよ、此奴は」

そうだ、母さんはよく父さんに殴られたりしていた。僕が知っている父さんは、いつもお酒ばかり飲んで、母さんに乱暴していた。それでも、母さんは僕の前ではいつも微笑んでいた。父さんは僕には優しかった。

「まだ、しらを切ってますよ。この最低男」

倒れている僕の背中を背の高い女性がピンヒールで踏みつけてくる。

「女性に手を挙げる男なんて、最低以外の何者でもありません。アタシはそう云うヤツ、絶対に許しませんから」

踏まれ続ける背中が痛くて、熱くて、僕はとうとう泣き出してしまった。それでもこの女性は容赦なく僕を踏みにじり続けている。

「もう、エエやないか。大体、アンタが絶対許さへんのんは、痴漢にひったくりと違ごうたんかい」

「今日から、DV野郎もそれに加えることにします」

もう一方の女性に引き離されて、漸く彼女の乱暴は収まったけれど、僕には未だに事情が飲み込めないでいた。

「なぁ、ウチはアンタが奥さんを深う愛していたことはよー分かった。アンタは薄々自分の息子が血ぃ繋ごうとらんことを承知しながら、大切に育ててきた優しい人だちゅーことも分かっとる。だから、もう目ぇ醒ましいや」

再び、倒れ込んだ僕の前にしゃがみ込んだ女性は、静かに鏡を差し出した。

そこに映った僕の姿。

鏡に映った僕の姿は、お父さんそっくりだった。

良かった。いつの間にか僕はあの男性ではなく、お父さんそっくりに育っていたんだ。

「アンタが、何もかもに失敗して全てを失った時、それでも奥さんだけは誰にも渡すまいと、あんなことしでかした気持ち、分からんでもないで。子供をあの男に託さへんといかんよーになった、あんたの気持ちもよー分かる。せやけど、夫として、親として、何も出来へんかった自分を情けのう思ったからって、幾らそんな自分に嫌気がさしたからって、自分で命を絶った後、自分自身を捨て去って唯一気懸かりだった子供に自分を擬えてしもうたら、アカンやろ」

「嗚呼嗚呼嗚呼」

その言葉を聞いた時、思わず私は絶叫していた。

「ウチら、本当はこの先にある旧家に居座る子供の物の怪を退治に来てたんや。残酷なようやけど、これだけはアンタに知って欲しい。アンタ。これを知らなければ、悪霊のままでずっとこの場所に居座ることになるさかいな」

私の顔を覗き込みながら、女性は話を続けた。

「子供さんは、実の父親正体。誰からも知らされることはなくても分かってたんとちゃうかな、言葉にしないでも。あの男性の方も、何も語らずにいた。それでも、男性は子供を大切に育てとったで。愛する人の忘れ形見やさかい。だから、成功した男性に言い寄ってくる女性も、進められる縁談も全て断って、独り身のままあの子を育てとった。いつかは、真実を話しことがあったかも知れへん。でも、二人はそれを口にしないまま、穏やかに暮らしとった」

そこで女性は一息入れて私の顔をじっと見詰めた。

「せやけど、アンタは自分自身を我が子だと思い込むことで、そうやって自分から逃避することで悪霊と化してしまった。そんなアンタが側にいることで、あの子は思春期を迎える頃、アンタが発する負の波動に感応してしもうたんや。あの男を憎むアンタの心に」

その先は聞きたくない。

耳を塞ごうとする私に、女性は容赦なく言葉を投げつけた。

「その結果、大きく歪みを生じた息子さんの精神は、最後にはあの男を殺した後、自分も首をくくってもうた。アンタが息子さんを呪い殺したも同然や」

「うわぁぁぁぁぁぁ」

聞き終わると、私は絶叫と共に何度も何度も激しく地面を叩いた。私が息子を呪い殺してしまった。彼女の最後の言葉が、胸に突き刺さる。

「姐さんの方がアタシより余程残酷、ですね」

背の高い女性が呟いた。

「しゃーないやろ。あないな悪霊、そのまま放置しといたら、他にもどこぞで人様に迷惑かけるに決まっとるさかいな。ほら見てみい、自分で作り上げた、虚像が崩れると共に男の悪霊としての力も崩れ落ちていくで。もうこれで、人間の営みに影響を及ぼすこともあらへんやろう。ああやって嘆き悲しむだけの霊として永遠に存在し続けなならへんちゅーのも少し可哀相な気もするけどな」

「自業自得です」

「嗚呼、そうや。アンタの息子さん、な。なんで、こんなことしてしもうたかって、後悔ばかりしてあの屋敷に留まり続けてしもうて、結局は魑魅魍魎と結合して物の怪になってしもうた。ウチらが物の怪退治したさかい、息子さんの魂はちゃんと天に召されたと思うで。それだけは安心しいや」

しかし、彼女の最後の言葉は、慟哭し続ける私の耳には届くことはなかった。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

「しかし、今回はホイホイさんが居てくれた御陰で助かりましたね、姐さん」

「ほんまやで。今回のような微弱な力しか持たへん物の怪はなかなか正体が掴めんさかい、この幽霊ホイホイの御陰で大助かりや。悪霊相手でないとアンタはなんの役にも立たへんしな」

「ちょっと、ちょっと、姐さん。それって酷い言いようでは」

この二人の女性。姉を蟲ババ様、妹を蟲ババ妹と云います。この世に在らざる彼方の世界の人々が見えてしまう能力の持ち主です。

魑魅魍魎に妖に悪霊、幽鬼、ありとあらゆるモノが見える蟲ババ様は、執着や欲望、妬み嫉みに嫉妬や憎悪と云った人の心に生まれた感情に魑魅魍魎などが結びついてカタチを成す物の怪を退治しています。物の怪とは本来、この世に在ってはならないもの、放置しておけば空間や時空に歪みが生じ、周囲の人々に理不尽な影響を及ぼすことがあるのです。よりしろとなったヒトの心に優しく語り掛け、時には脅したり脅迫したり、怒鳴り上げたり、恫喝したり恫喝したり恫喝して、よりしろとなった心を消滅させることで、物の怪を退治するのです。

蟲ババ妹は、微弱な妖などの存在を感知することは出来ません。彼女の眼に留まるものは、人間社会に積極的に影響力を及ぼす強大な力を持った存在です。そして、そのほとんどが悪霊と呼ばれるものたちでした。彼女は伝説の『覇眼』の持ち主であったのです。その怜悧な瞳に捕らえられた悪霊は忽ちのうちに恐怖で金縛りに遭い、実体を持たない筈の彼らが彼女からの物理的攻撃をダイレクトに受けてしまうと云う、ゴルゴン三姉妹以上の恐るべき眼力が特徴です。

そして、大の字になって気絶しているのがホイホイくん。彼自身は霊感の欠片も持ち合わせてはいません。しかし、生まれながらにして彼方の世界の人々を引き寄せてしまう、特殊な体質の持ち主です。巧妙な物の怪や、力が微弱でなかなか正体を掴めない妖などを相手にする時、彼がその場に出現することで、どんな魑魅魍魎たちも思わず姿を現してしまいます。

謂わば、物の怪退治のお便利アイテムと云える存在でしょう。蟲ババ姉妹は、彼のことを「幽霊ホイホイ」とか「物の怪吸引器」などと呼んで重宝がっています。勿論、本人にしてみれば迷惑この上ない話です。

今回も、旧家に出没する物の怪の正体がなかなか掴めず、蟲ババ姉妹は言葉巧みに誑かしてホイホイくんを巻き込みました。結果、少年の物の怪を眼にした途端、彼は泡を吹いて気絶してしまいました。根っから小心でヘタレな人物です。

「しかし、ホイホイさんが居てくれた御陰で、悪霊になった親の方まで姿を現すとは思いませんでした。却って手間が省けて良かったですね、姐さん」

「ほんまやで。あの悪霊、放って置いたら今度はどんな処に影響を及ぼすか、分かったもんやあらへんしな。本人にその気がないだけ始末が悪いで」

言いながら、二人は気を失っているホイホイくんの両足を小脇に抱えて歩き始めます。

「しかし。姐さんも口が上手いですね。あんな駄目男が奥さんを愛している優しい男だなんて。アタシには口が裂けてもあんな嘘付けません」

「なーにゆーとるんや。あの男は誰よりも奥さんを愛しているから、殺してしもうたんやないか。奥さんもあの男が子供を実の父親に預けることが分かっとったから、抵抗せずに殺されたんや。あの夫婦、アンタが思っている以上に深く結ばれていたんやで」

「そうでしょうか。だとすると愛って、相手を縛り付ける只の独占欲、如何に相手を強力に支配するか、って云うことになっちゃいません。愛しているからって殺されたんじゃ、命が幾つあっても足りませんよ」

「アンタの場合はそうやろうな。確かに数え切れへんほどの男、誑かしてきたろうから、愛情以上に恨みもかってそうやし」

「姐さん。絶対にそれ、アタシのこと誤解してますよ。少なくともアタシは人様から恨みをかうような覚えはありませんから」

いけしゃあしゃあと蟲ババ妹が言い放ちます。

「反対に、秘めた想いを持ち続ける愛情を注いでいたのが、息子に殺された実の父親やな」

「秘めたる想いねぇ。それって、秘めたままではないも同様、相手に届くことのない想いを抱き続けているだけなんて、愛してないって相手に思われても仕方ないですよねぇ。まぁ、あの男性の場合は、届けたついでに子供まで作っちゃって厄介なことになっちゃいましたが」

「あの二人の場合は、お互いの気持ちが十分に分かっていたやろうから。本当なら何もないままでも良かったんとちゃうかな」

「そんなものですかねぇ」

言うと、蟲ババ妹がクスクスと笑い始めました。

「なんや、急に。気持ち悪いわぁ」

ホイホイくんを引き摺りながら、蟲ババ妹は笑い続けています。

「ねぇ、ねぇ、姐さん。姐さんはどうしてほらしんさんと一緒になったんです」

その一言を聞いて、蟲ババ様は急に噴き出しました。蟲ババ様、見るからに宇宙人、否、宇虫人顔です。それでも、ちゃんと旦那さんが居ます。

「なんやねん、この女。急にそないなこと」

「だって、ねぇ。ケタケタケタ」

笑いながら、蟲ババ妹は足を止めました。

「答えてくれなかったら、それ以上動きません。姐さん一人でホイホイさんを抱えて車まで連れてって下さい」

意地悪そうな顔で彼女は姉を見詰めます。

「しらんわい。そりゃ、確かに高校一年の時には、気になっとったけど。転校してO-SAKAに行ってからは、すっかり忘れとったわ。それがK-YOTOで再開して、暫く顔合わせとったら結婚してくれゆーねん」

「言われたから」

「嗚呼。他にウチにそんなこと言った人居らへんかったし。まぁエエわいと思うて一緒んなっただけや」

「へぇー。あんなに仲睦まじい夫婦なのに」

「仲睦まじい?何処がやねん。あの甲斐性なし」

「ははは。てれないてれない、姐さん」

言いながら、再び歩き始めた蟲ババ妹の足がまたしてもピタリと止まりました。

「拙いですねぇ、姐さん、どうしましょう。駐車場はこの下ですよ」

目の前には階段があります。蟲ババ妹の車はその下の駐車場に置いてありました。

「ホイホイさん、そろそろ目を覚ましてくれないですかねぇ」

「構へん、構へん。打たれ強さだけが取り柄の男やさかい、この程度のこと、何ともあらへんやろ。大体、此奴は人か如何かも怪しいもんや。いつもあないなぎょーさんの彼方の方々に囲まれてヘラヘラ笑ってられるんやから」

「やっぱり、姐さん。強引にマイウェイの怖い人ですよ」

「アホかい。強引にマイウェイはアンタの運転やないか。ジェットコースター並の運転してからに。ウチぁ、気ぃ失っとるホイホイが羨ましいくらいや。これから、アンタの運転する車に乗って目ぇ空けてないといかへんさかいな」

「またまた、失敬な。運転しているアタシは全然平気なんですがね」

「当たり前やろ。だからアンタは怖いちゅーねん。ほらほら、ウチは疲れたさかい、早ぅ休みたいんや。さっさと行くでぇ!」

ごん。

ごん。

がごーん。

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

       めでたし。めでたし。
             お終い。


 

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「蟲ババ様~宇虫人顔のババ様、落書き顔の死神と対峙する!のまき(6)」(完結)



「おかえりなさい、温泉はどうだった」

ホイホイくんは子供たちを出迎えます。

「花坊も蟲ババ様のこと、知ってたんですか。確かに、仁王様と云うのは的確な表現ですね」

「うん。ウチが入院してた時に、優しゅうしてくれた看護師さんや。いつもウチら入院してる子供らの味方してくれはったエエ人やで」

「嗚呼。ババ様はいつも良い子の味方ですからね。見た目は怖いですけれど」

「ひゃはははは。すると、そのババ様に酷い目に遭っていたホイホイは良い子失格。と、言う訳だな」

狐がまたしても横槍を入れてきます。

「元々、良い子と云うには無理がありますが。僕の場合」

「何、言ってやがる。俺様から見れば子供だろうが、爺や婆だろうが、ニンゲンなんぞ誰も雛同然よ」

狐の馬鹿笑いは留まる所を知りません。

「なぁ、皆と遊びたいからお手玉、貸してくれへん」

花坊がホイホイくんに言いました。

「良いですよ、はいどうぞ」

ホイホイくんは懐から裲襠で作ったお手玉を手渡します。

手首に巻かれた朱い紐。心中を試みながら、無惨にも切り離された赤紐。成仏出来ないまま、魂だけは現世に留まり、永遠に訪れることのない想い人を待ち続けるだけの遊女。ホイホイくんを救うべく、自らが盾となり悪霊に取り込まれた女性が残していった形見のお手玉です。

「そうだ。僕は彼女や花坊と出逢ったからこの世界に飛び込んだのかも知れない」

ホイホイくんが呟きました。

「こら、ホイホイ。ほんとぉ~に面白味の欠片もないヤツだなお前は、酒も呑めん男など真っ当な付き合いも出来ん社会不適応者だ。俺様の酒が呑めないんだったら、何か芸の一つでもして場を盛り上げんか」

狐は相も変わらず騒いでします。

「だから、僕は何の芸も取り柄もないですから、勘弁して下さいよぉ、お狐様」

笑いながら、ホイホイくんは狐が手にしているグラスに日本酒を注ぎました。

窓際には、焔姫や白犬、水神が外の景色を黙って眺めていました。ホイホイくんも彼らの隣へと足を運んで、夜景に目を向けます。

「うわぁ、流石に此処は星が綺麗ですねぇ」

水神に声を掛けると、深海魚顔の偉丈夫は静かに頷きました。

「この空の何処かで、長老や樹様たちが待機しているのですね」

「我等の力も強大になり過ぎた。ヒトの氣が及ぶ所に長時間滞在していては、どんな影響を及ぼすか分からんからな」

応えたのは白犬です。

「如何ですか、まだ料理もお酒も残っていますが」

ホイホイくんが、振り向いて大机に目を向けます。そこでは様々な妖や精霊、魑魅魍魎が騒いで楽しんでいました。大蛇は蜷局を巻いてアルコールをラッパ飲みし、金翁は十分に出来上がってしまったのか、巨大な大刀を枕に眠っています。

「いや、十分に頂いた。だが、あの馬鹿だけは少し騒ぎすぎだな。少し窘めてやらんと」

そう言った白犬は、水神と共に狐の元へと向かいます。

「いよいよ明日ですね」

一人残って、窓枠の上に佇む焔姫にホイホイくんは声を掛けました。

目の前には、疎らな街の光と満点の星月夜が広がっています。黒々と横たわる山脈の稜線が天と地を分け放ち、そこだけが切り取られたかのように漆黒の闇を湛えていました。

「ヒトの子。貴様にはあれが見えるか」

焔姫が向かい側にある山の中腹当たりの灯りを指さしました。そこだけ爛々と光の塔が形成されています。

「はい。初め此処に来た時よりもはっきりと見えます。あれが霧ホテルですか」

「そうか、貴様にもあれが見えてしまうか。ヒトの子よ」

声を落として言うと、焔姫は小さな掌をホイホイくんの頬に当てました。

「済まない」

ポツリと一言だけ囁きます。

そのままの状態で、暫く夜風に当たっていた二人ですが、けたたましい物音と共に、背後で突然の騒動が起こりました。どうやら、酒癖の悪い狐が窘めに入った白犬や水神に絡んだ様子です。

「この馬鹿狐が。今日と云う今日は許さんぞ」

白犬は狐を組み伏せて折檻しています。

「長老が甘い顔ばかりするから、それを良いことに、いつも付け上がるのだ。この馬鹿は」

水神までもがそれに加勢しようとする始末です。

「ちょっと、ちょっと。他の宿泊客もいらっしゃるんですから、あんまり騒がないで下さいよぉ」

ホイホイくんが慌てて彼らを止めに入ります。

「済まない、本当に済まない。ヒトの子よ。貴様だけは私がどんなことがあっても守ってやる、だから許してくれ」

ホイホイくんの後ろ姿に焔姫は小さく呟きます。そして、空を仰いで言葉を紡ぎました。

「聞こえますか、長老。我等の所行、天が座して看過するとは到底思えません。天の理に抗う決意をしたその時から、長老はこうなることを予想していたのでしょう。なれど、私は、もしもヒトの子に天からの危害が及びそうな時は、新世界の設立よりも彼の命を守ることを優先するかも知れません」

焔姫が一人漏らしたその言葉は、満点の星空に吸い込まれるように消えていきました。

                      めでたしめでたし。
                          お終い。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆


取り敢えず、連休中に残りを一気に書いてみました(汗)。

推敲などはしていませんので、読み難い部分は随所にあると思います。

始めは、ババ様と落書き顔の死神のエピソードだけのつもりでしたので、前後編くらいの筈だったのですが・・・

本来の、ムシババ様の原点。

こぢんまりとした、街角の物の怪退治に近い話になるはずだったのですが・・・

あまりに久々だったので、一応覚えている限りの登場人物を適当に出しておこうかなと(爆)。

間隔が空きすぎた分、途中から読む人は何が何だかサッパリ分からないと思いますし。

だから、佐倉林檎嬢とか花坊とか、裲襠の遊女とか、話の展開上は余分と云うか邪魔なだけなのですが、出てきちゃいました(爆)。

と、云うか。

本来、予定していた話にとってはホイホイくん自体が大いに邪魔なだけの存在なのですがw

御陰で、最後のババ様と死神のホイホイくんの消息や目的に関する下りはダラダラとした説明口調の台詞の応酬のみ・・・アイタタタ・・・

ったく・・・厄介なヤツです。

まぁ、街角の物の怪退治だと、ババ様が単なるセラピストとか人生相談オバサンに成り下がっちゃいそうなので、強引に出したのが間違いだったのですが。

取り敢えず、またこんなコッパズカシイ代物は一週間ほどで削除して証拠を隠滅する予定ですが、中には削除反対の声も・・・

物好きな(爆)。

自分でも適当に書き散らした代物ですので、チラシの裏的なものだったのですが、それ以下のトイレの落書きであることが指摘されて、俄然やる気をなくし、片手で数えるほどしかいないババ様ファンのために続きを書いただけですから、削除しないまでも、とっとと記事を流してしまおうと画策中♪

あ・・・

因みに・・・

分かる人は直ぐにピンと来たかも知れませんが。

今回の少女と死神の話。

 http://izorudeisora.spaces.live.com/blog/cns!C13118118EB38C62!480.entry

これが元ネタだと、直ぐにバレちゃいますね(爆)。

これを読んでいて、思い付いたお話です。

怖い掌編がお好みならば、自分のダラダラした駄文読むよりは、こちらの頁のカテゴリー「ホラー(?)」の方が余程面白いと思いますw

人様の頁で恐縮ですが(爆)。

 

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「蟲ババ様~宇虫人顔のババ様、落書き顔の死神と対峙する!のまき(6)」




「で、わざわざ呼び出して。ウチにどないせいちゅーんや」

「北の端、とある有名な霊場の一角に強力な磁場があります。現世と彼方の世のゲートの役割を果たしているが故に、念が蓄積しやすくこの国では最大の磁場となっています。長年に渡って堆積した念が形成する磁場は、自ら自我を持ち、広く触手を伸ばしてこの国のあらゆる場所に影響を及ぼしています」

「手ぇ伸ばすんかいな」

「いえ、虜にした悪霊を駆使して人々を物の怪と化しているのです。近々、磁場の手によって創られた悪霊や物の怪たちが一堂に会する夜宴が催されます。磁場に集まって」

「夜宴・・・あまり、穏やかな宴でもなさそうやけど」

「磁場は実体化し、霧ホテルを呼ばれています。普段は誰の目にも映ることなく、存在すら一般には知られない。磁場に選ばれた者と贄になる者、それ以外は入ることを許されないホテルです」

「霧ホテル。名前だけは聞いたことがあるような」

「その夜宴を狙って、ホイホイくんは自分たちの野望の総仕上げにかかろうとしています。最強の磁場と、そこに集う強大な悪霊や物の怪、彼らにとっては時空を破り、力を増強するための悪霊に事欠かない、格好の条件が揃った場所といえるでしょう」

「で、それを阻止する為に天も乱入するわけかい」

「ホイホイくんをニンゲンの世界に連れ戻そうとするならば、それが最後の機会です」

死神はその時に不敵な笑みを漏らしました。図形顔のものではありません。それは人の魂を奪い去る死神そのものの不気味さを漂わせていました。

「アンタ。一体、なに企んどるんや」

「私はなにも企んではいません。天の理を遂行する一つのパーツに過ぎませんから」

「ほんまかいな。なーんか裏に一物ありそうな気配なんやけどな」

しかし、蟲ババ様の問いに応えが返ってくることはありませんでした。既に少女を抱いた死神の姿は何処にも見当たらず、只、お地蔵さんの脇に立っている風車が風もないのにカラカラと回っているだけです。

「アンタ。この子が、人知れず闘っていた御陰でぎょーさんの人間や妖を助けてきたちゅーけど、本当はこの子に一番助けられてたんは、アンタかも知れへんで」
 
蟲ババ様が空を見上げて、静かに呟きました。

その時です。

蟲ババ様の携帯電話が着信音を奏でました。相手は蟲ババ妹です。

「姐さん。来月の六日、七日。土日の予定は?」

いきなり、蟲ババ妹は切り出してきました。

「ちょっと、珍しい招待券を二枚手に入ったので、もし宜しければ。佐倉さんから譲って頂いたのですが」

「佐倉林檎ちゃんからかいな」

佐倉林檎は新進気鋭の舞台作家です。以前は原子力発電所の設計をする理系才女でしたが、結婚を機に主婦業の傍ら、作家として名を上げ、今では彼女の手掛けた舞台のチケットはプレミアとなっています。それ以上に「ばんにゃぁぁぁぁ!」「ぐずぐずぴぃ~~~まん!」などと、佐倉言葉と称される意味不明な台詞をハイテンションで語り掛けてきながら、一旦、舞台に入ると冷徹なまでの理系才女に豹変する多重人格ぶりについていけず、或る意味、蟲ババ様にとってはホイホイくんに次ぐ苦手なキャラであると云えるでしょう。

「なかなか手に入らない、招待券なんですけれど佐倉さん、舞台の関係で出席出来ないんですって。折角だから貰っちゃいました。強引に」

電話口では蟲ババ妹の嬉々とした声が零れています。

「政官業のお偉いさんや、芸能界にTV新聞関係のメディアの有名人が一堂に会するの。この機会にしっかり顔を売っておかないと、末代まで後悔しますよ」

「ウチはそう云うの苦手や。アンタ、言い寄ってくる男に恩を着せて同行して貰ったらどうや。そう云うの得意技やろうが」

「アタシも行く先が普通なら、絶対に姐さんなんか誘いません。もっと有効に使います」

「なんやねん。それ」

「知ってます。これ、会場が霧ホテルなんですよ。色々、妙な噂も耳にしますし、話の出所のほとんどが悪霊たちからです。ちょっと、曰くありげな感じでしょう。だから、姐さんは何かあった時の用心棒代わりです」

霧ホテル。

その一言を聞いた途端、蟲ババ様は思わず噴き出してしまいました。

「出来すぎた話やで。何処の何奴が何を企んどるか知らへんけども、けったくそ悪いこっちゃ。せやけどこの話、乗るしかしゃーないな」

「なんの話です」

訝しげに尋ねる蟲ババ妹に。

「詳しいことは会ってから話すわ。せやけど、その霧ホテルでのパーティ。ホイホイのヤツをとっ捕まえる最後のチャンスや。彼方の世界にどっぷりと嵌り込んどるあのアホを、何が何でもウチら人間の世界に連れ戻すのはその時を置いてあらへんで」

「デッド オア アライブ、ですね」

「なんや、それ。ウチは横文字なんぞサッパリやで」

「任せて下さい。生死に関わらず、必ずホイホイさんを私たちの世界に連れ戻しましょう。姐さん」

「いや、アンタ。生死には拘らなあかんやろ、生死には」

蟲ババ様は思わず叫びました。

「ほんま、或る意味。こいつもモンスターやで、我が妹ながら」

「誰がモンスターですか。失敬な姐さんですね」

電話口からは蟲ババ妹の声が響いてきます。しかし、蟲ババ様のこの一言が、後になって的中し二人を分かつことになろうとは、神ならぬババ様には予想出来もしない事柄でした。


☆ ☆ ☆(オマケ)☆ ☆ ☆


「ぶわわわわぁ!」

客室の奥から、ヒキガエルが地面に叩き付けられたような悲鳴が上がりました。

驚いた女将は、ドアを開けて客室内へと駆け込みます。その日、誰も居ないのに大勢の子供たちの騒ぎ声やバタバタと走り回る足音が廊下に響き渡るとか、風もないのにこの客室のドアや大浴場の扉が開いたり閉まったりしていると、宿泊客や仲居さんたちから声が上がり、ちょうど調べに来た時の出来事でした。

室内に入った女将は、思わず目を見張りました。この部屋の泊まり客は男性が一人だった筈なのですが、部屋中にはおつまみやスナック菓子の袋が散乱し、多数アルコールの空瓶が転がっています。必要以上の大量の料理が並んだ大机の横では、件の泊まり客が一人、真っ青な顔をして腰を抜かしています。

「お客様、どうか成されましたか」

壁に掛かっていたはずの絵画が、男性の脇に落ちているのを見て、しまった。と、思いながらも女将は声を掛けました。

「いえ、大丈夫です。大声を出してしまってゴメンナサイ」

立ち上がった男性は、周囲を見渡すと、少し恥ずかしそうな素振りで「あっ、部屋を汚しちゃって申し訳ないです。後で、ちゃんと掃除しておきますから」などと、苦笑いしています。

「そんなこと構いませんよ。直ぐに誰か寄越しますから、お気になさらず」

何処か別の部屋のお客さんたちを招いてこの部屋で飲んでいたのか、などと思いながら女将は一呼吸置いた後。

「もし宜しかったら、別のお部屋をご案内しましょうか」

と、言葉を続けました。

男性も少し間をおいて。

「このお部屋で結構です。お騒がせしてしまって申し訳ありません」

女将に深々と頭を下げて言いました。

その間にも、彼女の後でバタン!とドアが開いたり閉まったりする音がします。

「此方こそ申し訳ありません。扉の建て付けが悪いのでしょうか」

言いながら振り向く女将の瞳には、今部屋に入ってきた子供たちの姿は映らないようです。子供たちは嬉しそうにはしゃいで、走り回っています。

「いえいえ、気になりませんから、どうか本当にお構いなく。部屋もこの部屋で十分に満足していますから」

男性は、引き攣った作り笑いを浮かべながら応えていました。

女将が下がるのを確認した男性は、大きな溜息を一つ吐くと、崩れ落ちるようにその場に座り込みました。

「いやぁ。本当に、こう云う旅館の部屋に無造作に飾ってある絵の裏側なんて、覗いたりするものではないですね」

自嘲気味に笑ったその視線の先、絵画が掛かっていた場所には、びっしりと魔除けの御札が貼り付けられていました。

「本当に面白いな、ヒトの子とは。我等と一緒に酒盛りをしていながら魔除けの御札が怖いのか」

男の背後でたおやかな女性の声がします。

「それとこれとは別問題ですよ姫様」

振り向いた男性の瞳には、三〇センチほどの真っ赤な裲襠を身に纏った女性が佇んでいました。顔には仮面を被っています。

「全く、何が魔除けの御札だ。くっだらねぇ。こんなもん只の紙っ切れじゃないか。焔姫様、こんなもの邪魔臭いから灰にしちゃって下さいよ」

狐が横から口を挟みました。神主のような格好をしていますが、首から上は誰が如何見ても狐です。大きなグラスになみなみと注がれた日本酒を煽っています。その目は完全に据わって、ほぼ泥酔状態でしょう。顔は狐とは云え、既に獰猛な狼の如き表情です。仮面の女性が裲襠を振ると同時に、御札は一瞬発火したかと思うと、見る見るうちに消え去ってしまいました。

「ちょっと、ちょっと。大丈夫ですか。魔除けの御札燃やしちゃったりして」

「構うもんか。そんなものは紙っ切れだって言ってるだろう。第一、この辺りに巣くっていた悪霊どもなんぞ、俺たちが旅館に着いた時点でとっくに喰らっちまったよ」

何がおかしいのか、狐は大笑いしています。

「大体、お前自身が今日まで退治してきた悪霊の数、一体どれ程に上ると思ってるんだ。今まで散々、悪霊どもを消滅させておいて、今更、御札も何もあったものじゃないだろう」

「僕は悪霊退治をした覚えなどないんですがね。皆さんが全部食べて取り込んだのでしょう」

「現場に居合わせて、俺様たちに力貸してるんだ、似たようなものじゃねぇか。この馬鹿ホイホイ」

狐は大仰にポーズをとりながら笑い続けています。

「狐様が笑い上戸だとは思いませんでした。しかも、素面の時同様の趣味の悪いお笑いのツボで。一体、何が面白いのか僕にはサッパリですよ」

ニコニコしながらホイホイくんも言い返します。

「あの腰の抜かし方見たら、誰だって笑うぞ。大体、今まで散々、悪霊と対峙してきたお前が何を思って急に絵の裏側なんぞ覗こうと思い至ったのやら、隠し金庫でも期待していたのか。この間抜け」

「いえ。昔の友人がよく言っていたんですよ。見知らぬホテルや旅館に泊まった時、部屋に飾ってある絵画の裏を見ると、愉快なことが起きるって。勿論、あの友人の言うことですから愉快の意味が少しばかり特殊ですがね」

「ぶははははは。そりゃ、確かに愉快な友達だ。それ以前に、お前に人間の友達が居たとは意外だがな」

懲りもせずに狐は笑っています。

「まぁ、友達と云っても」

ふと、ホイホイくんは遠くを見詰めるような目付きで言葉を続けます。

「確かに、蟲ババ様との想い出って、いつも酷い目に遭ってばかりで、あんまり楽しいものが思い浮かびませんね」

ははははは。と笑いながら頭を掻いているホイホイくんに、「ババ様ならウチも知ってるで、仁王様のことやろ」と、声を掛けてきたのは、何人かの子供たちと部屋に入ってきた花坊でした。疎らな頭髪に木乃伊の如き容貌、その中で大きな目玉だけが爛々と光り、身体中は痛々しいまでの傷が至る所についています。子供でありながら、そこいらの悪霊たちよりはよほど恐ろしげな姿です。それは長い闘病の果てにこの世を去り、死して尚、母親の生き霊に殺される為だけに復活する幼気な魂に刻みつけられた疵痕でもありました。
 

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「蟲ババ様~宇虫人顔のババ様、落書き顔の死神と対峙する!のまき(5)」



蟲ババ様が振り向くよりも早く、交差点内から轟音が轟きました。

ギリギリのタイミングで右折しようと、ステーションビルの方角からスピードを上げて交差点に進入した自動車と、若者の車が急ブレーキをかけながら衝突したのです。右折車は宙に舞いながら此方に向かってきます。
 
主婦たちの悲鳴が聞こえました。図形顔の死神は、落書きに似合わぬ哀しそうな表情で、座っている少女を優しく抱き締めています。驚くべきことに、磁場に屯する妖や魑魅魍魎、妖精たちが、一瞬のうちに集まって、飛んでくる車の前に立ちはだかりました。少女の手を引いて避難させようとしている者も居ます。しかし、実体を持たない彼らは、この惨劇の前には全く無力でした。

少女は、轟音に驚いて振り向き宙を見上げました。




「当事者の前に姿を現す場合、その方法や時期は私に一任されています。だから、私はこの姿を借りて、あの子の孤独を少しでも癒せればと思い、早めに姿を現したのですよ。この職務は私にも辛いものでしたがね」

「優しいやないかい」

「私は、鬼もでも蛇でも、ましてや悪魔でもありませんから」

「なーに、ゆーとんねん。死神の癖に」

既に桜は散り、眩いばかりの緑が空を覆っています。木々の幹を取り囲むように、紫陽花が満開の花を付け周囲を彩っています。

久しぶりにこの地に立った時、蟲ババ様はその変貌ぶりに驚かされました。南東から斜めに交差点に合流していた道は、ずっと東で大通りに合流し、事故のあった歩道は贅沢なスペースのちょっとした広場と化して、松や梅などの木々が植樹されています。少女の命を奪った事故を切っ掛けに、地元の人々が交差点の形状を変えるよう、行政に働きかけたと聞いています。早急に手が打たれたのも、以前から問題になっていた交差点だったからでしょう。

少女がいつも座っていた敷石が在った場所の側には、新緑織りなす木陰の下、小さな祠が建っています。祠の前にはたくさんの花束が添えられ、中にはお地蔵さんが佇んでいます。

他の人には見えないのでしょうが、蟲ババ様には祠の中で眠っている少女がはっきりと確認出来ました。身を縮めている分けでも、少女が縮小されている分けでもないのに、普通に小さな祠に膝を抱えて眠っている少女の姿が見えるのは、こう云ったモノを見慣れているババ様にとっても不思議な光景ではあります。

「全く、ヒトとは何処まで愚かなのか。手遅れになってから、幾ら忍んでも仕方ないでしょうに」

「それが人間ちゅーもんかもしれへんな」

「もっと、彼女が生きている内に構ってやれば寂し思いをせずに済んだものを」

死神は相変わらず、この場所に少女が居る限り、大きな瘤を背負った図形顔の姿を借りています。

「そんなことはあらへん。この子は皆から愛されとったで、皆がこの子を気にかけ、一杯の愛情を注いどったで。この子は全然、孤独やなかった。この子がいつも、お兄ちゃんを気にかけとったんも、お兄ちゃんが寂しそうやったからや」

蟲ババ様は、眠っている少女を見詰めました。不器用ながらも丁寧に刈り込まれた少女の髪型、流行遅れながら何度も洗った靴、色褪せても綺麗にアイロンがかけられたシャツやスカート。決して物質的には豊かではないものの、そこには母親の少女に対する気持ちが凝縮されていました。

「そんなものでしょうか」

死神が首を傾げて言い放ちます。

「死神であるアンタには分からへんやろけどな」

蟲ババ様は交差点を見詰めて言葉を続けました。

「それに、アンタ。この子がいつも磁場に居っても、質の悪い悪霊に取り憑かれんかったんは運が良かった、ちゅーとったけど。それも大間違いやで」

近所の主婦たち、コンビニの店員さん、皆が声をかけこそしないものの、常に少女を気にかけ、少女を見守っていたことを蟲ババ様は知っています。その人々の視線こそが、彼女を悪霊から守っていたのだと、ババ様は信じていました。

「では、何がこの子を守っていたんです」  

言いながら、死神は祠の前へと足を進め、中で眠っている少女を優しく抱き上げました。

「アンタには永遠に分からへんこっちゃ。で、今日、連れて行くんかいな」

「ええ。此処の磁場も、もうニンゲンの世界に干渉する力は微弱なものです。道が一本塞がれただけで、全く様相が一変しましたから」

「世間の人たちは、ややこしい交差点がちょっぴり分かりやすうなったから、事故が減ったと思うやろな」

「ヒトが発する怨念や負の感情は道に沿って辻々、十字路に流れ込みます。この場所は、そう言ったヒトの感情によって形成された磁場です。その一つが幾つかの傍流に流れることによって、此処も随分変わることでしょう。特に、塞がれたこの道の先、河原の所にはサムライの時代は刑場だったこともあり、未だに負の念が堆く積層しています」

「嗚呼。ウチが見てもどす黒い澱が溜まっているようや」

「徐々に溢れ出す、あの澱は今まで此処に集中して流れ込んでいましたが、今は拡散されています。ほとんどは運河に流れ込んで海に出るでしょう。ヒトは恨みや憎しみ、妬み嫉みと云った感情をその身体に貯めきれなくなった時、無意識の内に放出されたそれらの念が流れ流れて磁場に辿り着き、それに邪な悪霊たちが引き寄せられる。ヒトが存在する限り、磁場はなくなりません」

「で、これからは、このお地蔵さんが代わりをするんかい」

「この地蔵は一つの標にしかすぎません。この子を想うニンゲンたちの気持ちが、磁場の力と拮抗するのです」

「この子は、自分の役目が終わるまで、一年以上も此処に眠っとった、ちゅーんかい」

「眠っていてくれて良かった。何も知らずに眠り続けていてくれて。目を覚ましていれば、肉体を失った後もこの子は寂しい思いをしなければなりませんでしたから。それだけが救いです」

周囲には、この場に屯する妖たちが少女を見送りに集まってきました。

蟲ババ様は祠の中、地蔵の隣にひっそりと置かれたチワワを手に取りました。事故の所為で激しく痛んでいますが、おそらくは母親の手によるのでしょう、折れた足は修理され、所々繕われています。ババ様はポケットから買ってきた電池を取り出すと、お腹の部分の蓋を開けました。しかし、そこには新品の電池が入れられています。マジックで新しい日付も書いてありました。

「ほんまや。これは機械なんかじゃあらへん。てくてくチワワや。ちょっと、お爺さんやけど、てくてくチワワやったんや」

言うと、玩具を祠に戻しました。しかし、半透明のチワワがババ様の手に握られています。

「オバハン、間違っとったわ。ゴメンな」 

蟲ババ様は死神に抱かれた少女の胸元に、チワワを置こうとしました。すかさず、少女の小さな手が伸びてきてチワワを掴みます。死神はそれに全く気付きませんでした。

「ほんま。なんでも分かっているような顔して、実はなーんも分かってへん。抜けた死神やで、この芸風、OーSAKAのお笑い芸人に使えそうや」

死神に気取られぬよう呟くと、少女に微笑みかけました。

「で、この子の見送りの為だけにウチをこんな所に呼び出したんかいな。夜な夜な、怪しげなカラスが夢に現れてわややったで」

蟲ババ様、今度ははっきりと、相手の耳に届くように言い放ちます。

「夢の中で幾ら伝えても、難しいと思ったので、直接にお話ししたいと。これは、厳密には越権行為になるので職務違反なのですが、貴女の探し人のことで一言」

「あのアホかいな。もうウチたちでは全然、消息が掴めへん。死神なら分かるやろ、アイツは生きとるんかいな。半端なことでは死ぬような輩じゃあらへんけど」

「私も困っているのですよ。あの人は生きながらにして別の世界にどっぷりと浸かり込んでいます。完全に彼の魂は私の管轄を離れてしまいました」

「なんやねんそれは」

「本来、私には過去も、現在も、未来も、意味のないものです。私は定められたヒトの魂によってこの先に起こるべき事象を読むのです。しかし、私の手を離れた彼の存在は周囲に多大な影響を及ぼし、未来を不確定なものにしてしまいます。既に彼はモンスターと化しているのです」

「ホイホイが?なんだか非力そうなモンスターやな」

「ニンゲンは大量殺戮を行った独裁者や突如として出現した無差別殺人者をモンスターを呼びますが、あんなものはヒトの道を踏み外した外道にしか過ぎません。本当のモンスターとは、存在こそが驚異なのです。自らが意識しないうちに社会の営みに影響を及ぼし、周囲のヒトを取り込んで贄にします。そこには自分が罪を犯したり、数多の屍を築き上げている自覚も葛藤もありません」

「だから。意味が分からへんゆーの。まだ、彼方の世界で騒動が持ち上がっとるちゅーても、ウチらの世界にはなんの影響もないやないか」

「彼の覚醒は、今この世にあるニンゲンたちの定められた運命を大きく揺るがすものなのです。勿論、彼にはそんな自覚は更々ないでしょうが」

「なーにがモンスターや、大袈裟な。よーするに、自分が何しとるかも分からへんアホちゅーことやな。で、そのアホがどんな大それたことしでかそうとしとんねん」

「彼は単純に天から見放されて還ることが出来ない、此処に居るような無力な妖たちの為に新しい世界を築こうとしているに過ぎません。ホイホイくんは彼らのことを優霊とか憂霊と呼んでいるようですが」

「此奴等の世界を」

「勿論、私も鬼ではないですから、行き場もないまま、より強い霊や妖に取り込まれる日が来るのを、黙って待っているだけの彼らを救うのに反対するものではありません」

「だから。鬼じゃないって、死神やないか」

「しかし、地上界にそんな場所は存在しません。だから、彼は時空に穴を空けて、優霊たちの楽園、新しい世界を築こうとしているのです」

「別に構わんやないか。って、あんなアホにそんなこと出来ると思えへんけどな」

「時空を裂き、新しい世界を構築すると云うことは、創造主になることを意味します。天がそんな暴挙を放置する筈がないでしょう」

死神は空を見上げました。

「天はヒトや妖たちの世界には干渉しません。自然現象であれ、自らが蒔いた種が原因であれ、どんな大惨事が起こっても天はニンゲンたちが自分たちの足で立ち直るのを見守るだけです」

「ふん。神はんはどんな時もバチを当てたりせぇへん代わりに助けてもくれへんちゅーことかいな」

「しかし、創造主の出現を、天は決して許しはしません」

「許さへんとどないなるねん」

「戦争です。ホイホイくん本人は、いつ如何なる時も天は不干渉と高を括っているようですが、間もなく天とホイホイくんたちとの戦が始まります」

「神はんと戦争って。そんなもん、天罰が下されるちゅーことかいな。あのアホではひとたまりもないやろうが」

「そうでもありません。実際に戦に駆り出されるのは下層順位の神々です。ホイホイくんには堕ちた八人の神々がついています。堕ちた神々は数多の悪霊たちを退治し、取り込むことで今や強大すぎる力を誇示しています。彼らの志に同調した幾万の妖や魑魅魍魎も力添えをしています」

蟲ババ様は、嘗て垣間見た八首の巨大な亀の姿を思い起こしました。それは、神々の力を誇示する圧倒的な存在でした。何十という悪霊たちが結合し、レギオンとなって闘いを挑みましたが、全く敵いませんでした。それどころか巨大な亀は周囲を気遣って力をセーブしていた節さえ見受けられます。そして、本来は無力である筈の妖たちが、亀と一緒に果敢に悪霊たちに挑む姿が瞼に浮かびました。

「勝敗の帰趨は私にもわかりません。だから、困っているのです。予定外の魂を集めに廻らねばなりませんしね。しかし」

死神は自分の足元に視線をおろしました。そこには少女との別離を惜しむように二股に分かれた尾の猫や団子虫のように丸まった子犬が寄り添っています。

「妖たちは本来無力で儚いものです。こんな彼らに、自らの存在意義や目的を与えるな、とは言いません。ですが、こんな妖や精霊たちをも闘争の場に引きずり込んだホイホイくんを私は許せません」
 

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「蟲ババ様~宇虫人顔のババ様、落書き顔の死神と対峙する!のまき(4)」



悪霊や、魑魅魍魎たちを癒やし続ける少女に目を向けました。

「あの子の母親は、シングルマザー。しかも夜の仕事をしていたんですよ。あの子が生まれて、養うために昼間も仕事を始めた。家出同然に田舎を飛び出して来たこともあって、意地でも自分一人の手で育てようとしたのでしょうね。あの子、生まれながらにして、ああなんですよ。ですから、なかなか友達も出来ません。唯一、あの子が心を許した友達がお兄ちゃんだった。いつも、この場所に佇むお兄ちゃん」

死神はにっこりと微笑みました。

元々、四角い顔に菱形を埋め込んだ笑ってばかりの落書きのような顔ですが。

「初めて出逢ったのは、あの子が五歳くらいの頃でしょうか。いつも、一人寂しく留守番をしているあの子がそこの角のコンビニに買い物に来た時だったと思います。それから毎日のように、あの子はお兄ちゃんに会いに来ました。この場所で、お兄ちゃんは何も食べず、眠りもせず、あの子が成長しても、お兄ちゃんはずっとこの姿のまま、この場所であの子を待っていました。お互いの寂しさを埋め合わせるように」

「で、そのお兄ちゃんは何処へ行ったんや。なんで、死神がお兄ちゃんの真似しとんのや」

「お兄ちゃんですか」

死神は黙って空を指さしました。

「自分の行くべき所へ還ったちゅーわけかいな」

「もう三年にもなりますかねぇ。その後もあの子は此処に来ては、居もしないお兄ちゃんの姿を探し求めていたんですよ。ずっと、お兄ちゃんを待ち続けていたんです。私がお兄ちゃんの姿を借りてあのこの前に姿を現したのは、ちょうど一年程前でしょうか。貴女が探している人が、この地に巣くう強力な悪霊を滅ぼした後です。悪霊自体はこの東にある運河近辺に根を張って活動していましたが、あの子が取り込まれなかったのは運が良かったのでしょう」

「いいや。運が良かったんちゃうで」

蟲ババ様は自分に向けられる視線に気付きました。角のコンビニから出てきた、まだ若い主婦らしき女性が、少女をずっと注視している蟲ババ様に立ち止まって視線を向けています。

「で、なんであの子はあんなことしとんねん。無害な妖や精霊だけなら兎に角、悪霊の疵まで癒やしとるやないか」

「あの子にはヒトも妖も関係ないのです。目の前で困ったり苦しんだりしているから、それを助けようとしているに過ぎません。それがあの子の現世での勤めでもありますから」

「悪霊を助けることがかいな」

「そうです」

「相手が誰だろうと、悪霊に手助けるんのを黙って見過ごす分けにいくかいな」

蟲ババ様は、植え込みの敷石に腰掛ける少女へと足を向けました。しかし、彼女に手当を受けている蓑虫男の異変を察知してその足がピタリと止まります。蓑虫男から発せられる邪悪な気が、少女の放つ光によって徐々に薄らいでいくのです。

「分かりましたか」

死神が立ち止まったババ様の耳元で囁きました。

「悪霊を悪霊たらしめている原因、それをあの子は取り除いているのです」

「なんやねん。それ」

「心の疵です。心の奥深くに根付いた疵こそが悪霊を悪霊たらしめているのです。その疵が癒えることで、悪霊は自らのアイデンティティを喪失していくのです。急には無理ですが、この子は根気よく、毎日それを繰り返しています」

「それで、此処に棲まう悪霊共は程度の差こそあれ、どれもこれも悪霊としての存在感が希薄だった分けかい」

死神の言葉を聞きながら、蟲ババ様は少女の脇に蹲り、彼女の手当を黙って見詰め続けています。少女の手から零れ出す光は、優しい調べ姿を変えて妖や悪霊、魑魅魍魎たちの胸に歌声となって染み込んでいきます。

「此処に居る妖たちの多くは磁場に呼び込まれた悪霊たちです。この子の力で心の疵跡を捨て去り、或る者は還るべき天に召され、行き場のない者たちは、この場に妖や妖精、魑魅魍魎として留まり続けています」

死神は足元に擦り寄ってきた一匹のコネをの頭を静かに撫でました。猫の尻尾は二股に分かれています。

「この猫もそうです。最早、ニンゲンの営みに干渉することもありません。天への帰還を拒まれたが故に、只、此処でひっそりと存在し続けるだけの魂です。より貪欲で強力な妖が、自らの力を増強するためにこの猫を喰らい尽くすその日まで。だから、この猫たちもあの子の力による慰めを必要としているのです」

「弱肉強食の世界は、この世もあの世も同じやな。ホンマ、やってられんでぇ」

「もうお分かりでしょう。この子はこの場所に居ることによって、悪霊を消滅させ、怨念が積層する磁場の力を弱体化しているのです。誰にも知られず、誰にも認められることなく、この子はたった一人でニンゲンの社会を磁場からの干渉から守っているのです」

「まぁ、この子はそんな大層なことしているちゅー気は更々ないやろうけどな。単に目の前で困っている人を助けようとしているだけで」 

「この子には、この世の人とあの世の人の区別は全く付いていないでしょうからね。だから、余計に気味悪がられて孤独を深める結果になるのでしょう」

死神はじっと蟲ババ様の顔を覗き込みました。

「貴女にも覚えがあるでしょう」

「イランお世話じゃ、そんなこと」

二人が小声で話し合っている内に、少女は全ての妖たちに光を届け終わりました。

「今日はたくさん、困っている人がいたし、凄い怪我をしている人もいたから大変だったね。疲れなかった」

死神は少女に声を掛けました。声は既に少年のものに変わっています。落書き図形顔の死神に微笑みで応えた少女は、脇に置いてあった白い犬の玩具を引き寄せました。

「うん。だいじょうぶだよ。あのさぁ、おにいちゃん。チワワ、元気ないんだ」 

その時、一羽のカラスが鳴きました。カァカァと、呼びかけるように頭上を旋回しています。

「もう、おじいちゃんになって動けないのかなぁ」

少女が、玩具の腹部に付いたスイッチをオンにしても、白いチワワはキュルキュルと苦しそうな音を立てて微かに足を交互に動かし、次第にその動きを止めました。

チワワが動きを止めたのに呼応して、再びカラスが交差点の標識に留まって一声鳴きました。

「おい、あのカラス。アンタのお仲間やないか縁起でもない」

蟲ババ様が囁きます。

「いえ、あれも私自身です」

死神も小さな声で応えました。

「これも、個にしてなんちゃら、ちゅーやつかいな」

蟲ババ様に応える様子もなく、死神は少女と話し込んでいます。

「ボクには良く分からないよ。もうお爺ちゃんなのかなぁ」

「だって、ずぅぅぅっと前にママがおたんじょう日にかってくれたんだし」

「此処に居るオネイサンなら、ワンちゃんを手当てしてくれるかも、きっと良くなるよね。ねっ、オネイサン」

死神はババ様に顔を向けていきなり、切り出しました。

「なんでやねん!」

既に、少女は蟲ババ様に犬の玩具を差し出しています。白いと云ってもほとんど手垢に汚れて灰色になり、所々では毛が剥がれています。

「オバサン。ワンちゃんナオせるの。元どおり、元気にしてくれるの」

少女は、レンズ一杯に広がった瞳で覗き込んできました。ちゃんとオバサンと呼ぶ当たりは、死神より正直なのかも知れません。

「ウチぁ、この手の機械のことなんぞ、さっぱり分からへんゆーの」

「キカイじゃないよ、この子。てくてくチワワって云うんだよ」

角のコンビニの前では、先程の若い主婦が、やはり近所の奥さん仲間であろう二人の女性を引き留めて此方に視線を向けながら、なにやらヒソヒソと話をしています。

「なんやねん。ウチぁ、人攫いちゃうで、ほんまに」

人相だけ見れば、疑われても仕方ありませんが・・・

「前にも、こんな風に動かんようになったこと、あるんかいな」

「うん。前はママがナオしてくれたの。でも・・・」

「ママ、今は駄目なんかい」

「夕方、帰ってくるけど、わたしがご飯食べ終わるころにはまたお仕事だから、いそがしくて大変なの。ワンちゃんの病気言い出せないの。心配かけちゃ悪いし」

『まぁ、ママはこのワンコの心配はしーひんと思うけどな』

流石の蟲ババ様もその一言は、喉元に押し止めました。

取り敢えず、玩具の腹部に設置された蓋を外してみれば、几帳面な母親だったのでしょう、電池に取り付けた日付がマジックで書いてあります。二年以上も前の日付でした。

「なんや。電池切れやないんかい、これ」  

言うと、蟲ババ様は立ち上がりました。

「ワンコはお腹が空いとるんとちゃうかな。待っとりーな。オバハンがそこのコンビニでワンコの餌、買うてきてやるさかい。ご飯食べたらワンコは元通り元気になるで」

「ほんと、オバチャンありがとう」

蟲ババ様から「てくてくチワワ」を受け取った少女はそれを膝の上に寄せて「良かったね、またいっしょに遊べるね」などと言いながら、愛おしそうに頭を撫でています。

 蟲ババ様は、佇んで此方の様子を窺っている三人の主婦と目が合いました。

「なるほどねぇ」

ババ様は小さく呟きました。と、その瞬間、耳を劈くような騒音が大通りから聞こえます。大音量の音楽を響かせて、一台の外車が交差点に進入してきました。あまりの五月蠅さにババ様が顔を顰めて目を向ければ、見通しの良い東の運河から猛スピードで走ってきます。開け放たれたウィンドウから肘を出した若いドライバーは透明のビニール袋を口に当てながら、速度を落とすことなく走っています。先程から鳴いていたカラスが標識からその車へと飛び立っていきました。

「アイツ、あの若造くんを迎えに来とった分けかいな。ああ云うのんは、人様に迷惑かけへんよう、勝手に電柱にでもぶっかって逝きされせばエエねん」

悪態をついて一歩足を進めた蟲ババ様が急に立ち止まりました。

「ちょっと待ちーな。死神のお迎えって。なんで、死神があの子にお兄ちゃんに姿を変えてまで取り憑いとんねん」

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