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蟲ババ様~ババ様は白衣の天使!?の巻(5)


宇虫人フェイスを真っ赤に染めながら、蟲ババ様は必死で力んでいます。次第にこめかみ辺りに血管も浮き始めました。

「届いた届いた。おばちゃん、ありがとな」

マーコは身体を起こすと嬉しそうに蟲ババ様のおっかない顔を見上げました。

「拾えたんか。良かったなぁ」

漸く蟲ババ様も全身の力を抜きます。

マーコは大切そうに手にした十円玉の汚れを払い落とし、使い古した子供用の小銭入れから他の小銭を取り出して金額を確認すると、それらを拾った十円玉と一緒に大切そうに戻しました。小汚い小銭入れには大きくケーコとマジックで名前が書いてありました。

「なぁ。おばちゃん」

そして、マーコは握っていたもう一つの硬貨を蟲ババ様に差し出しました。百円硬貨です。

「なんや、他にも落ちとったんか。その百円も貰うとき」

「何、言うてんのおばちゃん。これはおばちゃんのとちゃうやろ、落としもんや、お巡りさん届けなあかんがな」

マーコは少し頬を膨らませて蟲ババ様に抗議しました。

「ウチなぁ。姉ちゃんに言われてこっそり飲みもん買いに来たんや。オトンやオカンには内緒で。あんまり帰りが遅いと姉ちゃん心配するやろ。だから、悪いけどおばちゃんが、お巡りさんに届けてくれへんかな」

「そうか、そうか。アンタええ子やな」

言うと、蟲ババ様は自分の財布から百円硬貨を一枚取り出しマーコの持っていたものと交換しました。

「じゃ、この百円はオバハンが預かって間違いなくお巡りさんに届けたるわ。で、この百円はオバハンからマーコちゃんにお使いをした御駄賃や」

「何でや?今逢ったばっかりのおばちゃんにお小遣い貰うてええんかな」

「ああ、ええよ。アンタは正直なええ子やからな」

マーコは蟲ババ様から受け取った百円硬貨を「おおきに」「ありがとな」と、何度も礼を言いながら受け取り、またしても薄汚い財布に入れました。

おそらくは姉からのお古であろう色褪せた襤褸パジャマに、ぼさぼさの髪。そんなマーコの姿を自動販売機の淡い照明が仄かに照らしています。

幼い子供だからこその、たった十円玉一つに対する執着。ひたすら落ちた硬化を拾おうとしていた途端に事故に巻き込まれてしまったが故に、この場所に残ったマーコの思いに魔が取り憑いてカタチを成した物の怪ならば、執着が消えれば物の怪もよりしろを失う筈です。しかし、目の前に光景には何ら先程までと変化はありません。

「あかん。やっぱり子供は、苦手や」

そう言いながら、溜息を一つついた蟲ババ様に、少し思い悩んだ素振りを見せていたマーコが声を掛けてきました。

「あんなぁ。おばちゃん」

マーコは手にしたジュースの缶を一つ、蟲ババ様に差し出しました。

「これにおまけ、ついとるやろ」

出された缶の底には円柱形をしたプラスチックが取り付けられていました。マーコがそれを空けると、中から出てきたのは何年も続いている子供向きアニメのフィギュアです。事故当時の子供たち、否、今の子供たちも夢中になって見ている長寿番組のマスコットです。

「お小遣いくれたお礼やないけど、これおばちゃんにあげるわ」

マーコは中から出てきたフィギュアを蟲ババ様に手渡します。

「何でや。このマスコット嫌いなんか」

蟲ババ様がマーコに問い掛けました。

「ううん、好きや、大好きやで。でも、姉ちゃんも大好きなんや、これ」

マーコは首を振りながら言いました。

「でもなぁ。一個しか当たらへんかった。これ見せたら姉ちゃん、絶対に自分が欲しいのにウチにくれるやろ。そんなん、ウチ、姉ちゃんに申し訳ないやんか」

マーコが俯き加減にそう言った、その時でした。蟲ババ様とマーコしか居ない筈の空間に、おぞましいまでの魑魅魍魎の気を発しながら突然、人影が現れたのです。

「おや。何時の間にこんな所に自動販売機が」

急に姿を見せたのはホイホイくんです。

「うわぁ。此方の空間にまで出張ってきても尚、ゾロゾロ引き連れてはるで、この男」

思わずババ様が顔を顰めます。どうやら、ホイホイくんについている霊たちは、ババ様が自分たちに危害を加えたり払ったりしない事が分かって安心したのか、今では大人しくしている様子です。

「ねぇねぇ、蟲ババ様。こんな所に自動販売機なんて、ありましたっけ」

ホイホイくん。どうやら、未だ半分は元の世界に居るようでババ様と自販機は見える様子ですが、マーコの姿には全く気が付いていません。景色も元の休憩所のままな様子です。

「ああっ。これって何年も前に期間限定でやっていた、当たりが出たら缶にあのアニメのフィギュアが付いてくるやつじゃないですか。まだO-SAKAではこんなの売ってるんだ。信じられない」

自販機に張ってあるポスターを見てホイホイくんが叫んでいます。

「そうだ。オフ会に参加した皆さんに差し入れしよう」

言い放つとホイホイくんは財布からありったけの小銭を取り出して、次々と自動販売機に注ぎ込んでいます。他のオフ会参加者に飲み物を差し入れするなどと言いながら、実は当たりに付いてくるフィギュアが目的の様子です。結構、ホイホイくん良い格好しいの割にはオタクな奴です。

蟲ババ様もマーコも、突然出現した変なおじさんの奇行を呆然と眺めています。

「しかし、何でこの鈍感男が此方の世界に足を踏み入れる事がでけたんや」

不思議に思った蟲ババ様が、気味の悪い表情で一心不乱に自販機に小銭を注ぎ込むホイホイくんに目を向けると、普段は見えちゃう能力者たる蟲ババ様の力を持ってしても、その強力な霊力の前では気配を捕らえる事すら出来なかった彼の守護霊が浮かび上がってきました。額飾帯をしたアイヌ装束らしき衣装に身を固めた髭面の男性です。しかし、豪華な飾りを施した腰刀と呼ばれる鍔のない細身の刀を腰に差しているあたりは古の侍を彷彿とさせます。こんな正体不明の髭親父が蟲ババ様に向かって、厳つい顔をニコリと崩して笑っています。

蟲ババ様、彼の守護霊を見るのは初めてですが、なかなか粋な計らいをしてくれます。

「取り敢えず、参加者の人数分十五本買って当たりは三つか。まずまずの確率」

そう言っているホイホイくん、もう蟲ババ様の姿すら眼中にない模様です。

早速、当たりに付いていたプラスチックを外します。当たりのフィギュアは五種類。最初に出てきたのは、子供向けアニメには相応しくない女王様スタイルのスラリとした敵役でした。見ようによっては、ちょっとSMチックなコスチュームです。

「出た。出た。出た。これですよ。これ、これが欲しかったんですよ」
 
ホイホイくん、完全に顔がにやけています。ちょっと危ないおじさんです。二つ目も同じものが出てきました。

「ホラ、ホラ、ホラ。これで一つを飾り、もう一つを保管用に取っておける。やっぱり僕って普段の行いが良いですからね」

トンデモナイ馬鹿な解釈ですが、ホイホイくんは有頂天です。思考も完全にマニア思考です。

最後に出てきたのは、マーコが当てたのと同じ、番組のマスコット的な可愛らしいキャラクターでした。

「最後はこれか。こんな子供向きフィギュア、オタクぢゃあるまいし、いらない。もっと他のが当たれば良かったのに」

典型的オタク親父が何か言っています。

「なぁ、ホイホイくん。アンタ、最後に出てきた人形、いらへんのか。だったらくれへん」

まるで外れ籤を引いたようなホイホイくんに蟲ババ様が問い掛けました。

「駄目ですよぅ。このフィギュア、今ではどれもレアものなんですよ」

「だって、アンタ。さっきの言いようから察するに、その子供向け人形はいらへんのやろ」

「イヤ・・・だからこれは・・・」

「だから、これはって。なんやねん。アンタ参加者のみんなに差し入れする為にお茶買うたんやろ。違うんかい」

蟲ババ様が特異の宇虫人フェイス全開でホイホイくんにお強請りします。

その迫力に気圧されたのはホイホイくんばかりではありません。彼にゾロゾロ付いていた魑魅魍魎も、自らの危機を感じてザワザワとし始めました。ホイホイくんの背筋に冷たいものが走ります。

「は、はひ。どうぞどうぞ。喜んで差し上げます」

ホイホイくんは恭しくババ様にフィギュアを差し出しました。

「そ、それと。これ好きなの一本取ってください。蟲ババ様の分です」

ホイホイくんが抱えた缶ジュースの中から適当にババ様は一本抜き取りました。

「ありがとな」

そんな蟲ババ様の御礼に返事もせずにホイホイくんはその場を退散します。まるでこれ以上、蟲ババ様と一緒にいて厄介事に巻き込まれるのは御免だ。と、でも言わんばかりの遁走ぶりです。大量の缶ジュースを胸に抱えて去っていく、その姿はお間抜け以外の何者でもありません。

蟲ババ様はマーコにフィギュアを差し出しました。

「ほら、これでマーコとお姉ちゃんと。同じ人形が一つずつや」

「ええんか?本当にこれ貰おて、ええんか?おばちゃん」

「ああ、ええよ」

「おおきに、おおきに。ありがとな、おばちゃん」

マーコはフィギュアと缶を大事そうに胸元に抱えて、蟲ババ様を見上げると嬉しそうに笑いました。

顔の造作は、決して整ってはいません。あまりお風呂にも入らないのか、清潔でもありません。低い鼻の下で大きく開かれた口からは、二本の前歯が抜け落ちています。

それでも、ババ様はこれほど嬉しそうな表情をした子供を見るのは初めてでした。ふっくらした林檎色の頬を広げ、大きな口を開けて微笑むマーコをこの上もなく愛おしく感じました。

「ほんま、アンタはかぁいらしい子やなぁ」

言いながら、マーコの頭に掌を乗せて撫でた、その瞬間の出来事です。マーコの身体からババ様の掌を経て、カタチを持たない物の怪がババ様の体内に入ってきました。

「しまった!やられた!」

頭の先まで電撃様の痺れが痛みとなって伝わり、ババ様の精神の中に怪しげな気配が侵入してきます。

物の怪に囚われた!

そう思ったババ様の耳に、微かな声が聞こえてきます。

「ゴメンなマーコ、逢いたいよぉ」

「逢って謝りたいよぉ」

「でも、アンタはウチに逢いに来ちゃ駄目だ」

「ずっと其処にいなきゃ駄目だ」

胸を搔き毟りたくなるほどの深い後悔と懺悔が蟲ババ様の心に語り掛けてきました。

マーコの頭を撫でていた蟲ババ様の手が離れ、自分の額にそっと添えられます。

「これが、この物の怪のもう一つのよりしろ。物の怪の本体」

蟲ババ様は身体が宙に浮くような錯覚に襲われます。物の怪はババ様に何かを伝えたい様子です。

「もう一つのよりしろ。物の怪の本当の正体は、姉のケーコ」



蟲ババ様の視界が一変します。それは河原に腰を掛け、夕日を眺めて刻を過ごす二人の子供です、一人はマーコでした、おそらくもう一人が物の怪の本体、姉のケーコでしょう。

「これは、物の怪が見せているのか」

蟲ババ様が二人に近付きますが、二人はその気配を全く感じていません。この光景は、姉であるケーコの記憶を、彼女の想いと共にカタチを成した物の怪が蟲ババ様に見せているのでしょう。



ま~だ、まだ……つづく。
 

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蟲ババ様~ババ様は白衣の天使!?の巻(4)

「うわぁぁぁ。だっ、騙されたぁ!」


煙草を吹かしながら待ち受けた蟲ババ様の顔を見るなり、ホイホイくんは絶叫しています。

混雑する巨大テーマパークの片隅、幾つかのベンチがあるだけの休憩所の一角でのことです。とは云え、他の場所に比べて空いている。と言うだけの話。他のお客さんが居る中で、急に大声を出したものですから、流石のババ様もちょっと恥ずかしそうです。

『眠り姫』の精神が捕らえられている場所は、この休憩所近辺で間違いなさそうですが、蟲ババ様の力を持ってしても、其処から先に進む事が出来ません。見えてしまう人たる蟲ババ様をして、今回の物の怪は的確にその姿を捉える事が出来なかったのです。

其処で、これ以上ない強力な触媒、蟲ババ様が『物の怪探しのお便利アイテム』とか『幽霊ホイホイ』と呼んでいるホイホイくんの力を借りようとしたのですが、如何せん彼は過去に何度も酷い目に遭った所為か、蟲ババ様をあからさまに避けています。

実際は、浄化する能力を持つ蟲ババ様が近寄る事で、ホイホイくんにワラワラと群れている、この世にあってはならない魑魅魍魎たちが騒ぎ始めるのですが、そんな事はホイホイくんには理解出来ません。

「何時も、蟲ババ様が絡むと得体の知れない超常現象に巻き込まれる」

自分自身が最大の原因である事などつゆ知らず、ホイホイくんはそう考えています。まぁ、人と人との間に生まれる人間関係の誤解などというものは、所詮そんな処から来るものかも知れません。

しかし、それをよく知っている蟲ババ様は、妹に頼み込んでホイホイくんが自分の参加を知って逃げ出さないように布石を打っておきました。

美人女優か、はたまたトップモデルか。と、見紛う程の容姿を誇る妹に「是非。今度のオフ会でお会いしたいですわ」などと、頻繁に携帯やメールで連絡を入れさせたのです。

案の定ホイホイくんは、その勘違いぶりを発揮して、のこのことオフ会にやって来ました。

先程も各自の自己紹介が済み、皆が自由にパーク内を行動するようになった途端、ホイホイくんはさり気ないふりをして蟲ババ様から遁走しました。再び蟲ババ様は、妹にホイホイくんの事故現場への誘導を依頼しました。

蟲ババ妹は、華のO-EDに一人で住んでいます。蟲ババ様と同じように「見えちゃう人」なのですが、蟲ババ様が主に物の怪担当なのに対して、妹は悪霊退治が専門です。同じ能力者でも、それぞれに得意な分野がはっきりと分かれているのです。

物の怪、幽霊、魑魅魍魎、ありとあらゆるあやかしが見えてしまう蟲ババ様に対して、蟲ババ妹は「見えちゃう」範囲は非常に限られています。

微弱な霊や物の怪を関知する事は出来ません。しかし、見つけた獲物は逃さない眼力の持ち主で、その怜悧なまでの瞳に映るのは強大な力を誇示する霊や妖たちです。

蟲ババ妹の最大の能力は、一般的に物理的打撃や痛手を与える事が不可能な霊に対して、眼力で捕らえた以上は逃さない。と、直接的なダメージを与える事が可能な点です。だから、実体の伴わない霊に対してリアルにバトルが出来るのです。

実態を持たない霊を見付けるだけでなく、その瞳に見据えられた霊を忽ちにして石のように硬直させ、実態を持ってしまったかの如く物理的攻撃を加える事が可能な、古今の悪霊たちにゴルゴン三姉妹以上の恐怖として畏れらる存在、伝説の『覇眼』の持ち主が蟲ババ妹だったのです。

一見すれば中肉中背、宇宙人・・・否、宇虫人顔にして、性分は典型的O-SAKAのおばちゃんたる蟲ババ様と血が繋がっているとは到底思えない美貌の蟲ババ妹ですが、その血は見えないものが見えてしまう特異な能力として脈々と受け継がれていました。

愛用のピンヒールを含めればスラリとした身長は優に百八十㎝を超えます。長くてしなやかな足は対象物を蹴り倒すのに最適です。鞭のようにしなる腕から繰り出される音速を超えるほどの平手を受ければ、どんな悪霊も退散してしまいます。

只、その鍛え上げられた四肢から繰り出される必殺技は、見目麗しい容姿に惹かれて群がり寄ってきた男たちに炸裂し、現在までに浄化、消滅させるべき悪霊の数十倍の数にも及ぶ自称イケメン男の犠牲者が出ている、との噂もあります。

どちらにしても、この二人は或る意味、最凶の姉妹であると云えましょう。

蟲ババ様を警戒して、近付かないホイホイくんに対して、蟲ババ妹が声を掛けました。

「ホイホイさん。ちょっと宜しいですか」

どんな男もコロリと参る蟲ババ妹に一言声を掛けられただけで、女性に免疫のないホイホイくんは簡単に誘いに乗ります。

ホイホイくんは、実際何の特徴も取り柄もない男ですが、非常に強力な守護霊に守られています。害をなす霊や悪霊の類はホイホイくんに取り憑く事は出来ません。何時も彼を取り巻いているのは、比較的無害な霊や街角に屯する魑魅魍魎ばかりです。ですから、蟲ババ妹にはホイホイくんを取り巻く霊たちは見えません。この霊や物の怪たちには蟲ババ妹のアンテナに触れるまでのパワーがないのです。

しかし、蟲ババ様は違います。蟲ババ妹に連れられてやって来たホイホイくんを一目見るなり。

「あっちゃー。側で見ると気味が悪うなるくらいに今日もウヂャウヂャ、ワラワラ、ゾロゾロと連れてはるで、このオヤジ」

騙された。と、慌てふためくホイホイくんや、数多彼方の世界の住人たちを目撃してしまって呆然とする蟲ババ様以上に驚いたのは、ホイホイくんに付き従っている魑魅魍魎たちです。

この人には自分たちの姿が丸見えである。しかも、自分たちを消し去る能力を備えている。

ホイホイくんの周囲に屯する本来見えない筈の人たちは、一斉に身の危険を感じて騒ぎ始めました。

その結果、ホイホイくんは金縛り状態です。蟲ババ様の意図を瞬時に察した彼の守護霊も、ホイホイくんに無理矢理協力させようと、金縛りに遭った彼を助けようとはしませんでした。

「じゃぁね。アタシの役目は此処まで、友達を待たせているので、楽しみにしていたアトラクション、行ってきます。」

「ああ、久々のO-SAKA十分に楽しみや。って、アンタなぁ、そのすかしたO-ED弁、何とかならへんか」

「そんな事はいいから、いいから。じゃ、姐さんも頑張ってね。後はお任せ、ですね」

ホイホイくんの災難を余所に蟲ババ妹は軽いノリで、黒髪を棚引かせながら颯爽とその場を後にします。

取り残されたホイホイくんは身動き一つとれずに、その場で脂汗をかきながら彫刻のように立ち尽くしていました。

「さぁて、と。ホイホイくんはあの守護霊はんが守ってくれてはるから心配ない。と」

蟲ババ様もホイホイくんの災難など一顧だにせず、周囲を見渡して先程までとの変化を観察します。

しかし、何も気になるところはありません。

「ありゃりゃぁ、おっかしいでぇ。この幽霊ホイホイ野郎が来たからには、何か変化がある筈やと思うたんやけど」

訝る蟲ババ様の耳に微かに届く声のようなものが聞こえ始めました。始めは風の囁きか、虫の羽音のように些細な物音でした。

耳を澄ますと、それが幼子の声となって聞こえてきます。

注意深く周囲を見渡すと、端にあるベンチの横に陽炎でも立ったが如き空間の歪みを見つけました。

「なぁ、おっちゃん。ウチに手ぇ貸してぇな」

どうやら、ホイホイくん触媒作戦は図に当たった模様です。幼子はホイホイくんの出現に反応している様子でした。何やら助けを求めているようです。

「流石、幽霊ホイホイやなぁ。もうちょっと力貸してんか」

蟲ババ様はホイホイくんの横まで歩み寄り、強引に手を引いて空間の歪みを感じる場所まで導くと、その横にあったベンチに座らせました。

「大体アンタなぁ。そないな顔して、ずっと彼処で固まったまま突っ立っとったら不審人物やで」

正直、云って余計なお世話です。

ホイホイくんにしてみれば、全て貴女の仕業だろう。と、文句の一つも言いたい処です。が、彼は声一つ発する事が出来ない状態です。

ホイホイくんが近付く事で空間の歪みはカタチを伴い、徐々に実態を持って鮮明に浮かび上がってきました。

「おっちゃん、ウチが見えへんの。ちょっと助けてくれへんかな」

遂に、蟲ババ様の目にも古ぼけた自動販売機とその下に地面を這うようにして手を突っ込んでいる、幼い女の子が映りました。

「この子が事故にあった当時の『眠り姫』ちゃん」

ババ様が咄嗟に呟きます。

「なぁ、おっちゃん、ウチの声が聞こえぇへんのか」

『眠り姫』はホイホイくんの方を見ながら縋るような目付きで話しかけますが、生まれついての鈍感者、と云うか守護霊の鉄壁ガードに守られたホイホイくんには彼女の声は全く聞こえない様子です。

「どないしたんや。何か困った事があったらオバハンに言うてみぃ」

自販機の前にしゃがみ込むようにして蟲ババ様が幼子に声を掛けます。

「どわわわわぁ、吃驚したぁ。なんや、おばちゃん、急に現れて。どっから降って湧いたんや」

『眠り姫』は目を真ん丸にして蟲ババ様の顔を見詰めます。

「まぁええわ。なぁおばちゃん。ウチこの下に釣り銭落としてしもうたんや。悪いけど取ってくれへんかなぁ。ウチ、子供やさかい手ぇが届けへんのや」

「おっしゃ、おばはんにまかしときや」

『眠り姫』に代わって蟲ババ様が自動販売機の下にそのごつい手を差し知れますが、太過ぎるババ様の手は、幾ら頑張ってもなかなか奥まで届きません。

「おばちゃん、大丈夫か。あんまり力んでも良うないでぇ。顔が真っ赤やないか」

『眠り姫』が蟲ババ様を気遣って覗き込んできます。小さな手には大切そうに二本の缶ジュースが握りしめられていました。

「うーん。おばはんでも届かへんなぁ。何か棒でもあれば手繰り寄せる事も出来るんやろけど」

一旦、身体を起こして、蟲ババ様は何か使えそうなものはないかと、周囲を見渡しましたが、周囲の状況が一変しているのに驚かされました。

ホイホイくんの姿もテーマパークの休憩所も其処にはありません。只、一面に広がっているのは夜の闇です。

漆黒の世界に自動販売機の明かりだけが灯り、蟲ババ様たちの足下を仄かに照らしているのみで、他には何も見あたりません。

「『眠り姫』ちゃん、アンタ。ずっと此処で一人ぼっちで、落ちた硬貨を探してたんか」

呆然と周囲を見渡して蟲ババ様が呟きました。

「誰や、それ。ウチ、そんな名前ちゃうで。ウチな、名前マーコ言うねん」

「ほぉ、マーコ言うんか」

「せや、そんで、お姉ちゃんがケーコ」

「ケーコ姉ちゃんか」

殆どオウム返しで蟲ババ様は返事をしています。何故、この幼子がこの場に留まっているか、未だに蟲ババ様はその理由が把握出来ないでいます。そして、何より不可解なのは、物の怪の気配があまりにも微弱な事です。どうやら、この子に取り憑いた物の怪の実態はこの場所以外に存在している様子なのです。

「敵の正体は此処のみにあらず。ちゅー事なんか。或いは、複数の心をよりしろに単体の物の怪が憑いている。物の怪は此処にいる子供を取り込んで、力を及ぼしているものの、他の場所に身を潜めている。と、云う事か。敵はこの場所にあらず。こりゃ、思ったより厄介かも知れへんで」

しかし、物の怪自体からは邪悪な気配は全く感じられません。今回の敵が強大な力も持っているとは思えません。そんな無害な筈の物の怪が何故、次元にイレギュラーを引き起こすなどと云う大それた事をしでかしているのでしょう。

「わっからんなぁ。今回の物の怪は」

首を捻っている蟲ババ様にマーコは一生懸命、語り続けています。

「あんなぁ。落っことした釣り銭、姉ちゃんのもんなんや。ウチ、姉ちゃんからお金預かってジュース、買いに来てたんや」

「こんな時間にか。姉ちゃん、一緒やないのか」

そうです。恐らく、この情景はマーコがガス爆発に巻き込まれる瞬間の状態なのです。何故、こんな幼い子がたった一人でこんな時間に自動販売機の前にいるのでしょう。他の家族は自宅内で死亡しているにも関わらず、この子だけが何故、外に居たのでしょう。

「落としたお金、姉ちゃんが何日も何日も大切に貯めたお小遣いなんや。大切なお金なんや。それをウチ落としてしもうた。拾おう思たら、ウチの指先から逃げるように釣り銭がこの下に転がってしもうたんや」

マーコの目には薄っすらと涙が滲んでいます。

多分、この空間に時間などと云うものは存在しないでしょう。それでも、蟲ババ様たちの世界では、事故が発生して既に十年近くも経過しています。その間、この子はずっと泣きながら自販機の下に落ちた小銭を取ろうと必死で足掻いていたのです。

「よっしゃ。ほんならオバハンがこの自販機持ち上げたる」

「幾ら何でも、そりゃ無理やでおばちゃん」

マーコの言葉が終わらないうちに、蟲ババ様は自動販売機の下に両手を突っ込むと、渾身の力を込めて持ち上げました。

勿論、只でさえ重い自販機、しかも強力な金具で地面に固定してあります。普通の人間では、ずらす事さえ不可能でしょう。これが出来たら、蟲ババ様は怪獣か世界征服を企む悪の秘密結社が生み出した改造人間です。

・・・・・・・・・ 

・・・・・・・・・ 

・・・・・・・・・

出来ちゃいました。

やはり、蟲ババ様は人間ではなかった模様です。

地面に深く打ち込まれた太いボルトはメキメキと苦しそうな音を立て、自販機が次第に浮かび上がっていきます。

「うわぁ。おばちゃん凄い!」

マーコが感嘆の声を上げました。

「そんな事言っとる間に、はよ!はよ!早う下に潜り込んで釣り銭拾いや」

大きく口を開き、目をひん剥いた宇虫人フェイス全開で蟲ババ様が叫びます。

「うん、分かった」

先程までと比べると、大きく空いた地面と自動販売機の隙間にマーコは小さな身体を滑り込ませました。

「くぅぅ。此処は観念だけの世界の筈やからもっと簡単にいくと思ったのに、何でこんな不自由な思いせなあかんのや。ほんま人の固定概念とか思い込みって厄介やわ」

ま~だ……つづく。

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蟲ババ様~ババ様は白衣の天使!?の巻(3)


その夜は村中総出で麻里ちゃんを捜索しましたが、結局、麻里ちゃんの姿は見付かりませんでした。

翌日も村の人たちが麻里ちゃんを捜して森へと入っていきます。

その日は、猛暑の続く中でも最高気温を記録しました。五月蠅過ぎる蝉たちの合唱が響く中、捜索は森の脇を流れる川の下流や、森の奥深くまで範囲を広げて行われました。それでも、良い報告はありません。

「神隠しにでも遭ったのか。誘拐されたのか」

地元の警察をも巻き込んで捜索が続いた三日目の事です。麻里ちゃんは変わり果てた姿で発見されました。

かくれんぼをしていて、不法投棄された自動車のトランクが少しだけ空いていたのに気が付いた麻里ちゃんは、其処に隠れたのでしょう。しかし、彼女が身体をトランクに埋めた弾みでドアが完全に閉まってしまったらしいのです。

皆が探していた時はつい眠ってしまっていたのでしょうか。気が付けば中からトランクを開ける事は出来ません。車内に比べれば幾分温度は低いものの、やはり記録的な猛暑です。麻里ちゃんの体力はほんの数日間も持ち堪える事が出来なかったのでしょう。

ホイホイくんは村の人たちの噂で、麻里ちゃんが如何なったかを知りました。誰も子供たちには詳しい話をしてくれなかったのです。でも、ホイホイくんには分かりました。あの時の自動車の中に麻里ちゃんが居たんだと。

お葬式にホイホイくんが参列した時も、同級生たちが一列に並んで順番に花を手向ける時になると、棺桶の蓋は閉じられ、麻里ちゃんの足元の方だけが少し開け放たれ、その場所に一人一人が花を入れていきました。

「麻里ちゃんに会いたいよぉ。麻里ちゃんの顔を見せてよぉ」

滅多に自己主張しないホイホイくんが泣いて叫んでも、大人たちは聞き入れてくれませんでした。

その後、夏休み中だというのに全校生徒が小学校に集められ、校長先生から生徒たちにこの学校のお友達が一人亡くなった事、絶対に子供たちだけでは森に入ってはいけない事などが言い渡されましたが、もう其処には麻里ちゃんの姿はありません。先生の話もホイホイくんの耳には何も届いてはいません。

程なくして、父親は元通りN-YAGOYAへと勤め先が変わり、ホイホイくんも夏休みの内にN-YAGOYAへと戻る事になりました。

心の中には複雑なものがありましたが、反面、ほっとしている処があったことも否定出来ません。麻里ちゃんの居ない学校、麻里ちゃんの居ない教室は、其処にいるだけで辛過ぎます。他の同級生には悪い気もしましたが、まだ小学生のホイホイくんは、麻里ちゃんの想い出から逃げ出すようにして、両親と共にN-YAGOYAへと引っ越していきました。
 


既にホイホイくんも三十半ばです。決して麻里ちゃんの事を忘れた分けではないでしょう。

しかし、慌ただしい日常の中で、麻里ちゃんとの想い出も、あの山奥でも生活も記憶の奥深くに埋没していた事は否定出来ません。

ホイホイくんはじっと写真を見詰めます。見れば見るほど、朧気な白い靄は麻里ちゃんのあどけない顔に見えてきます。

「麻里ちゃん。麻里ちゃん。麻里ちゃん」

何度も何度も、ホイホイくんはその名を呼びます。

子供の頃は分かりませんでした。

でも、大人になった今になって、漸く分かる事柄もあります。

何となく気になる麻里ちゃんにばかり意地悪をして、一番最初に見付けようとした自分。それを分かっていて意地になって探し当てるのに困難な場所ばかりを選んで隠れる麻里ちゃん。

自分たちだけの暗黙の了解とも云える、不器用な感情の衝突と、意地の張り合いが麻里ちゃんをトランクの中に隠れさせたのだとしたら。ホイホイくんは、自分が麻里ちゃんをあの危険な場所に導いてしまったような気になってきます。

そうなると、写真の中だけではありません。寝ても覚めても麻里ちゃんの顔が瞼にちらつきます。

そこで次の休日、ホイホイくんは何十年ぶりかにあの村、K-TAINAKAへと足を運びました。

其処には、嘗ての面影は何処にもありません、K-TAINAKAは大きく変貌し、市へと発展していたのです。

ホイホイくんが居た頃は無人駅だった建物はモダンな今風の建築物に様変わりし、駅前の通りにはコンビニや商店が並んでいます。

N-YAGOYAのベッドタウンとして急成長したこの地域は、記憶の中にある長閑な村とは掛け離れた騒々しさが町中に散乱しています。しかし、その御陰で彼の通っていた小学校近くまでのバスの本数も増え、思ったよりも簡単に辿り着く事が出来ました。子供の頃はあれほど遠く遙かな存在だった村が、今では街として成長し続け、直ぐ近くに存在するようです。

一クラス、十数人だった小さな小学校も、今では大きな鉄筋の校舎になっています。でも不思議な事に、幼い頃はあれほど広かった運動場が、今では狭く、立派な校舎に圧倒されるが如くに窮屈そうにしています。

校舎裏の森も開発が進み、山は削られて新興住宅地となっていました。昔のような鬱蒼とした神秘性は微塵も感じられません。

森の奥へと続く道も舗装され、ホイホイくんは目的地が見付かるか如何か、不安になってきました。が、幸い彼の探していた場所は、幼い頃のままに残っていました。勿論、昔のような放置自動車がある分けではありません。袋小路になっている分けでもありません。道はずっと、緑を失った山の奥まで続いています。この空き地は、大型車が切り返しなどをする為に残されている。と、通りすがりの人から聞きました。

ホイホイくんは、其処だけ未舗装な広場に佇みます。周囲には真新しい住宅が傾斜沿いに並んでいますが、この場所だけが昔の面影を残しています。

直ぐに、麻里ちゃんが隠れていた車の位置が分かりました。ゆっくりと歩を進め、車のあった場所の前で立ち止まります。

ホイホイくんは持参した花束を地面に置き、お線香に火を点けようとしました。

その瞬間。

「ちょっとちょっと、君。一体何のつもりだ」

後ろから声を掛けられました。其処には厳つい体格の中年おじさんと奥さんらしき人が居ます。その声に道行く人たちも、ホイホイくんに目を向けました。

昔と違って、今では此処も人通りも多く、沢山の人たちが行き交っています。

今も昔も変わらないのは、ホイホイくんの挙動不審ぶりでしょう。見るからに怪しげな人物です。きっと、急にジッポのライターで火を点けだしたものですから、怪しげな放火魔あたりと勘違いされたに違いありません。

「不審な奴だ」

声を掛けたおじさんはホイホイくんに歩み寄ってきます。その騒動に近所の人たちも庭からホイホイくんを覗き見ました。

ホイホイくんは、昔、自分が此処の近くに住んでいた事、同級生がこの場所で亡くなった事、自分は久しぶりに此処を訪れたのでせめて線香の一本も手向けたいと思った事、などをしどろもどろに説明します。

「最近は物騒だから」

おじさんはホイホイくんの説明に納得はしてくれた様子です。近所の人たちも集まりましたが、その中にホイホイくんの覚えのある顔は見当たりません、麻里ちゃんの事を知る人も居ませんでした。

「火だけは十分に注意してくれよ。それから、何時までもそんな所に花を放置しておくと困るから、気が済んだ
ら持って帰ってくれ」

おじさんがそれだけ言うと、周囲の人たちも納得したのか皆、帰って行きました。幸い、隣の住宅の人がバケツに水を汲んで置いていってくれたのでホイホイくんも大助かりです。

しかし、線香に火を点けたもののホイホイくん、何を如何して良いやらさっぱり見当もつきません。

ゆらゆらと舞い上がる線香の煙を暫し見詰めながら、思い悩んだ挙げに句に口から出た言葉は。

「麻里ちゃん、見ぃつけた」

・・・馬鹿です・・・。

救いようのない愚物です。

もう、この男は気の毒だから、そっとしておいてやる以外にはないだろう。と、云う位の大虚けです。

が、不思議な事に。

「あーあ。とうとう見付かっちゃった」

揺蕩う煙の中から微かに麻里ちゃんの声が聞こえたような気がしました。

「遅いぞ、ホイホイくん。って、また私が鬼なのぉ」

続いて声が聞こえます。ホイホイ君はそれを、嬉しそうに笑っているような口調に感じました。

「そんな事ないよ。今回は麻里ちゃん頑張ったから。最後まで見付けられなかった」

何気に発したホイホイくんの言葉が終わらないうちに。

「やったね」

麻里ちゃんの声が重なります。

「うん。麻里ちゃんは鬼になんかなるもんか」

柄にもなくホイホイくんは、次第に目元が潤んでくるのを抑えきれません。

「当たり前でしょぅ。ホイホイくんが私を出し抜こうなんて百年早いわよ」

「うん、そうだね。僕は何をやっても麻里ちゃんには適わない」

「情けないなぁ。男の癖に」

麻里ちゃんの声が煙と共にゆらゆらと揺れています、姿は見えません。

「あのさぁ、ホイホイくん。私さぁ」

麻里ちゃんには、何か言いたい事がある様子ですが、言い出せないみたいです。

「ははははは」

言いたいことが言葉に出来ないままに躊躇っていた麻里ちゃんが、突然、笑い出しました。

懐かしさと、ほんの少しの湿り気を帯びた麻里ちゃんの笑い声がホイホイくんの耳に響きます。

「ははははは」

ホイホイくんもつられて笑い出しました。目に一杯の涙を浮かべながら笑っています。

「ははははは」

「ははははは」

どちらの声も深い悲しみをそっと忍ばせて、楽しそうに笑っています。

燃え尽きた線香の最後の煙が、静かに静かに天へと昇っていきます。麻里ちゃんの笑い声は次第にか細いものへと変わっていきました。

「ねぇ、ホイホイくん。私ずうぅぅーーっと待ってるから、今度逢ったら、また一緒にかくれんぼしようね」

その言葉を最後に、麻里ちゃんの声は真っ青な空へと吸い込まれていきました。

「うん。何時の日かきっと」

そう答えたホイホイくんの声が麻里ちゃんに届いたか如何かは、彼にも分かりません。

只、ホイホイくんは何時までも何時までも、煙の消えていった空を泣きながら見上げていました。
 

 季節は過ぎ、またしてもホイホイくんが利用しているチャットのオフ会が催されました。今回は蟲ババ様も参加です。

「はじめまして」

声を掛けたホイホイくんに。

「あはははは。一目で誰だか分かったで」

蟲ババ様は意味ありげに答えます。

「以前の写真に写っていた女の子。有り難うございます」

「へっ、女の子って。何のこっちゃ」

ホイホイくんの言葉に、蟲ババ様はまるで心当たりがないような返事を返します。

「ほらほら、あのI-NAMURAGASAKIでオーヴに囲まれていた写真に写っていた女の子。御陰でもう写真を見ても女の子の姿はありません」

「ウジャウジャとオーヴが写っていた写真は知っとるけど、女の子って?」

不思議そうにホイホイくんの顔を正面から見据えた蟲ババ様、急に目を逸らすと。

「ちょ、ちょっとごめんな」

と声を掛けると、お手洗いに走っていきました。

どうやら、写真に写った女の子。と、云うのはその場で取り繕った出任せだったのかもしれません。結局、蟲ババ様はホイホイくんの顔を見るとつい戻してしまう。と、言う事で今回は目出度く一件落着の様子です。

しかしその後も、オフ会などで蟲ババ様に会う度、ホイホイくんは摩訶不思議な現象に見舞われ、何時も何時も酷い目に遭っています。

ホイホイくんとしては、蟲ババ様が何某かの災厄をばら撒いているのだとしか思えません。

「もう嫌だ。絶対、嫌だ。あの蟲ババ様が参加するならオフ会はキャンセルだ」

ホイホイくんが、そう心に決めた瞬間、彼が手にしていた携帯電話から着信メロディが流れ始めました。
 
つづく。
 

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蟲ババ様~ババ様は白衣の天使!?の巻(2)

「今度のオフ会には、蟲ババ様も参加するんですかぁ。嫌な予感がする」


ホイホイくんが携帯電話を握り締めて小声でぼやいています。次の日曜日に開催されるオフ会集合場所とメンバー確認の為に幹事に連絡を取った時の事です。

「何と言っても、蟲ババ様は地元ですから。私は始めてお会いするので楽しみにしていますが」

幹事となった女性の声が、手にした携帯電話から微かに聞こえてきます。用件が終わって電話を切った後に、ホイホイくんは大きな溜息を一つ吐きました。 

「嗚呼。あの蟲ババ様と関わると、何時も何時もろくな事がない」

ホイホイくんは、既にオフ会で何度も蟲ババ様と会っていますが、その度に摩訶不思議な経験をします。御世辞にも愉快だとは思えないような体験ばかりです。

「都合が悪くなったからと、キャンセルでもしてやろうか」

言いながら、ホイホイくんは噂では聞いていた、蟲ババ様の見えちゃう能力を始めて知った時の事を思い出していました。



ホイホイくんは蟲ババ様と同世代、自営業をしていますが、お店は何時も閑古鳥の巣窟状態。基本的に暇人なので平日の日中から、チャットに入り浸りです。が、其処は平日の真っ昼間、社会人ばかりが屯するチャットに人が居るとは思えません。誰も居ないチャットに入室し、つらつらと独り言を書き込みながら、誰かが入ってくるのを待っていたら、一人の入室者がありました。非番の日に家事を終えた蟲ババ様です。

蟲ババ様は先日、チャットで初めて開催されたオフ会に残念ながら参加できませんでした。初めてネット上の仲間がK-AMAKURAに集まったのですから、その様子を知りたいからせめて写真でも。と、他の人から数枚の写真を送って貰ったらしいのですが・・・

「なんやねん、あの写真。ホイホイくんの写真、一目見て思わず吐いてもうたで」

蟲ババ様は挨拶もそこそこに、いきなりこう発言しました。

「酷いですよぉ。ホイホイの顔見て、思わず吐いちゃったって。何ですか、それは」

ホイホイくんも、唐突な発言に如何リアクションを起こせば良いか分からない様子です。

「そりゃ、地球制服を企む秘密結社の改造人間みたいな顔してますよ、僕は。確かに、普通の女性なら一目見ただけで不愉快になる顔立ちですよ。だからって、写真見ただけで吐いたって、いきなりそれをネタにする事ないでしょう」

しかし、蟲ババ様からは予想もしない返事が返ってきました。

「なーに勘違いしてけつかんねん。ホイホイくんの顔を見て吐き気がしたんやのうて、アレがぎょうさん写っていたからやないか」

「アレ・・・アレですか」

言われてみて、ホイホイくんにも心当たりがあります。認めたくはない心当たりです。

写真はI-NAMURAGASAKIで撮った写真です。

日没直後、曇天の空と水平線をバックに、一人ホイホイくんが写っている写真です。

深い紫に染まった空と暗い海、その境界線が次第に曖昧になっていく瞬間を背に、ホイホイくんが間抜けなポーズで写っています。逢魔が時と呼ばれる誰彼刻の一瞬を切り取った美しい写真です。お茶目なポーズで戯けている一人の親父を除けば。

彼の周囲には霧状の輪っかが数え切れないほど朧に浮かんでいます。

デジカメのレンズに波の飛沫がかかったのでしょうか、それとも、飛んでいる飛沫をデジカメが一瞬にして捕らえた瞬間故の悪戯でしょうか。蟲ババ様が見たと云う写真は、確かにホイホイくんも気にしていた不可思議な写真でした。

「こんなに沢山のオーヴに囲まれて、やはり幽霊ホイホイの渾名は伊達ぢゃない」

蟲ババ様の言葉にホイホイくんがたじろぎます。

「これは波飛沫ですよぉ。そんなおっかない現象ではないですよ。それに、そんな渾名で呼んでいるのは蟲ババ様だけです」

根っから気弱で小心者、ホラー・オカルト大嫌いなホイホイくんは、認めたくない故に必死で抗弁しています。

「水辺に彼方の人たちが集まるんは日常風景、珍しい事やあらへんから騒ぐ事もないのに。それに、歴史的にも色々曰く有りそうな海岸やし」

「イヤ、普通に珍しいでしょうが、こんな写真。て、これだけ正体不明の輪っかが沢山飛んでいたら、誰か気が付く筈なのに誰も何も感じなかったんだから、飛んでいるのは間違いなく飛沫でしょう」

「オーヴだけやあらへん。アンタの周りにはウジャウジャ、ワラワラとぎょーさん居てはるやないか」

「不思議な輪っかが沢山浮いているのは見えますが、他に誰も映ってないですよ」

「アンタには見えへんかも知れへんけどなぁ。でも。ほらほら、此処には女の子の顔まではっきり写っとりまっせ」

「へっ、女の子」

蟲ババ様の言葉にホイホイくん吃驚です。早速、オフ会のカメラ担当者から送られて来た写真を、PCの保存先から引っ張り出してきます。

「ほらほら。この左の肩口にちゃんと、小さな女の子の顔が写っとるやろう。ホイホイくんに寄り添うように」

蟲ババ様に説明を受けて、何度も写真を見直しますが、ホイホイくんには全く女の子の顔など見えません。確かに、言われた肩口にはブレたような異様なものが写り込んでいますが、それは背景となっている仄暗さを増した水平線の光源の加減でしょう。

「全然、分からないですよ。女の子なんて」

「見える人にしか見えへんやろうから、確認でけへんでも仕方あらへんけどな」

「仕方ないって・・・でも、そんなこと言われたら気味が悪いじゃないですか」

「大丈夫、大丈夫。私の見る限り、悪い事する子には見えへん。第一、こんなに引き連れていてもホイホイくんに何の影響もないちゅーことは、アンタの守護霊はごっつう強力な証拠やで。その守護霊はんの御陰で悪いもんはアンタに近付けへんやろから、安心せいや。周囲におるんは無害な霊ばっかりや。まぁ、普通に見えちゃうもんにとっては、ホイホイくんを取り巻いている人の多さに圧倒されて堪らんやろけどな」

「そんな言い方されたら。全然、安心出来ません。」

蟲ババ様はサラリと言ってのけますが、言われた方は大丈夫ではありません。

「僕は女性に、しかも女の子に恨まれる覚えなんて全くないんですが。異性に対する恨み辛みなら山ほど有りますが」

「うん。この子はホイホイくんを恨んで付きまとっている訳ではあらへん。慕ってずっと寄り添っている感じやなぁ」

「余計、気味が悪いですよ。其処に居るだけの地縛霊や浮遊霊ではなくて、ずっと僕に寄り添っているなんて」

蟲ババ様が、発言を重ねる度にホイホイくんの不安は増大していきます。

「自慢ではないですが、僕は生まれてこの方、慕ってくれる女性になんて巡り会った事もないですし」

「良ぇやないか。この子は人にちょっかいかける類の悪い霊ではなさそうだし。こんな幼気な子が寄って来るなんて、優しい人の証拠やないか」

「優しいだけでは女性はついてきてくれません。それ以前に、人から優しいだなんて言われた事もありません」

「でも、彼方の人たちはホイホイくんの事を優しいと思ってウジャウジャ・ワラワラ・ゾロゾロと集まって来るんやないかなぁ。ははははは」

蟲ババ様は楽しそうですが、ホイホイくんは少しも愉快ではありません。
 


ホイホイくんは、チャットから退室した後も、黙々と件の写真に見入っています。如何しても、 蟲ババ様の言葉が耳から離れません。

じっと写真を見入っていると、なんだか本当に女の子の顔が写って見えるから不思議です。

写真を拡大したり、露出を調整してみたり。色々試行錯誤していくうちにホイホイくんにも何やら人の顔らしきものが見えてくるようになってきました。気弱で小心者のホイホイくん。基本的に暗示にかかり易い性質です。

時の経つのも忘れて写真を食い入るように見詰めていたホイホイくんですが。

「あっ。麻里ちゃん」

朧気に見える顔らしきものを記憶の底から修正し、その糸を手繰り寄せているうちに幼馴染みの面影を捜し当てたのでしょう、急に声を漏らしました。
 

麻里ちゃんは、ホイホイくんが親の転勤で隣県の山の奥の奥、大きな森に囲まれた小さな集落に住んでいた頃の友達でした。K-TAINAKAと呼ばれる過疎の進んだ村です。

父親が務めていた職場で大きな取引に大失敗をしてしまい、懲罰的な転勤を余儀なくされていた当時の事です。

ホイホイくんはその村に来て直ぐに小学校に入学し、三年あまり暮らしていました。

麻里ちゃんはもしかしたら、ホイホイくんの初恋の人だったかも知れません。勿論、幼いホイホイくんにそんな自覚があったか如何かは、今となってはホイホイくん自身にも分かりません。

突然、N-YAGOYAの中心部から大自然の真っ直中にあるような山村に引っ越ししてきたのですから、幼稚園児代の友達など当然居ません。普通に山道を歩けば出会す蛇や蜥蜴、果ては虻や蚯蚓が怖いからと家に引きこもり気味のホイホイくんは、村の子供たちともなかなか馴染めないままに、小学校へ通っていました。

何より野山を駆け回って育ってきた精悍な村の子供たちに比べ、青白い顔をした小柄なホイホイくんは「幽霊」とか「お化け」と渾名されていました。子供たちは彼の姿を見ると、蜘蛛の子を散らすように囃し立てて逃げて行ってしまいます。そんな中、同級生の麻里ちゃんだけはきっちりとホイホイくんの顔を正面から見据え、ちゃんと話し相手になってくれました。

色の白い利発な子で、ちょっぴり細面の気の強そうな顔立ちをした麻里ちゃんは、十数人しか居ないクラスの纏め役的存在でした。その麻里ちゃんが後ろ盾となる事で、ホイホイくんも村の仲間たちに徐々に馴染んでいったのです。

麻里ちゃんは、村に来たばかりのホイホイくんを皆にしっかり溶け込ませるのが自分の役目だと思ったのか、仲間はずれのホイホイくんを可哀想に思ったのか、それともホイホイくんに気があったのか、麻里ちゃんの居なくなった今となっては、理由は分かりません。

小学校の裏手には深い深い森が聳えていました。子供の頃から気弱なホイホイくんは気味悪がって一人では決して近付こうともしない森です。鬱蒼と茂った木々に遮られて日の光は届かず、昼なお暗い朦朧とした空気を発散させながら、村を見下ろすように佇む深い山々へと口を開く魔性の森です。

校則でも、子供だけで森へは入らないように定められていました。

しかし、活発な子供たちにとっては、校則を破る。と云う行為は、ちょっぴり大人びて魅力的な、自分たちだけの秘密めいた素敵な魔力を秘めています。

特に小学三年生になり、急に大人びてきた頼れる麻里姉さんが一緒だと、安心して森へ入って遊ぶようになりました。彼女と行動を共にする限り、お節介ばかり焼くクラスメートの女の子も絶対に先生に告げ口することはありません。

おそらくは気付いていたであろう学校の先生たちも、校則とは云え多少の事は大らかに黙認していた節があります。

ホイホイくんが小学三年生の夏休み。その年は村でも記録的な猛暑でした。ちょうど、夏休みも中盤を迎えた八月中旬の出校日、久しぶりに学校に集まった同級生たちは、その帰り道に、森に入って遊んでいました。

麻里ちゃんが、ここから此処までの範囲でかくれんぼ。其処から先は危ないから入っちゃ駄目。などと言って場を仕切っています。当然、要領の悪いホイホイくんは高確率で鬼になります。鬼になったホイホイくんは、唯一気心の許せる麻里ちゃんだったからなのか、それとも幼い子供特有の、気になる女の子をからかって、ちょっかいを出したい病が頭を擡げたのか、一番最初に麻里ちゃんを見つけないと気が済みません。他の同級生を見つけても、気が付かないふりをして一生懸命に麻里ちゃんを捜し、さも最初に見つけたような顔をして「麻里ちゃん、見ぃつけた。今度は麻里ちゃんが鬼だ」と嬉しそうにはしゃぎます。

負けん気の強い麻里ちゃんは、ホイホイくんが鬼になる度、見つけ難い場所を探しては隠れます。

そんな事を繰り返している内に、幾ら探しても麻里ちゃんの姿が見当たらなくなりました。既に長かった陽も西に傾いて、空を赤く染めています。空気も幾分とひんやりしてきました。

鬼だったホイホイくんも他の仲間を見つけ出して声をかけ、皆で一緒に麻里ちゃんを捜します。きっと、麻里ちゃんはしてやったり。と、ほくそ笑んでずっと姿を隠しているつもりなのでしょう。

しかし、何時まで経っても麻里ちゃんは見付かりません、誰もが不安を抱き始めた頃、同じく校則を破って森の奥まで入って遊んでいた上級生たちも合流します。それでも、麻里ちゃんの姿は見当たりません。

森は徐々に暗さを増し、不気味な気配を漂わせて子供たちに重圧をかけてきます。遠く聞こえる烏の鳴き声や黄昏に彷徨う蝙蝠の姿が、夜の訪れを告げ始めました。

「もしかしたら、一人で先に帰ったんじゃ」

同級生の一人がそう言って、麻里ちゃんの家まで様子を見に行きました。でも、本当は誰一人麻里ちゃんが黙って先に帰ってしまうなどとは考えていませんでした。

案の定、事情を知った麻里ちゃんのお母さんや近所の大人たちが森へやって来て、子供たちと一緒に麻里ちゃんを捜します。

「おーい、麻里ちゃん」

「何処にいるの。麻里ちゃーん」

仕事帰りのお父さんたちも混じって捜索が行われましたが、麻里ちゃんは何処にも居ません。ホイホイくんたち子供たちは、暗くなってきたから。と、保護者に付き添われて帰宅する事になりました。

その途中です。

「ふふふふふ」

ホイホイくんは、麻里ちゃんの勝ち誇ったような、悪戯っぽい含み笑いを聞いたような気がしました。

場所は、麻里ちゃんが「此処から先は行っちゃ駄目」と指定したギリギリの境界線上、細い凸凹道の袋小路に当たる場所です。辛うじて車が通れる道である為、都会からの不法投棄された何台もの自動車がナンバープレートを外され、雨ざらしになって骸を晒しています。

麻里ちゃんに呼ばれたような気がして、ホイホイくんはその中の一台の車に近付きました。袋小路の奥の方、鬱蒼とした木々に隠れるように放置された車です。背伸びをして、曇ったドア硝子から中を覗き込みますが、泥に汚れた硝子越しでは中が良く確認できません。一緒に家路についていた同級生のお母さんが、錆びて重くなった車のドアを開けてくれましたが、やはり麻里ちゃんの姿は見当たりませんでした。

「此処は先程探したから、中には誰も居ないでしょう。さぁ、ホイホイくん、心配せずに早くお家に帰りましょう。きっと、麻里ちゃんは見付かるから」

そのお母さんは、ホイホイくんの背中に手を当てて山道を下ります。

「また明日。麻里ちゃんや家の子と一緒に遊んでね」

友人のお母さんにそう言われて、ホイホイくんが家に着くのと入れ違いに、彼のお父さんが勤めから帰って来ました。話を聞いたお父さんも、麻里ちゃんの捜索に加わる為に外へ出て行きます。ホイホイくんは大好きだったテレビ番組を見ていても、気が気ではありません。

つづく。

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一昨日、クレしんの事をネタにしたのですが……

昨日、夕食を買いにコンビニに行ったらこんなものを見つけました。

「チョコビ」

クレヨンしんちゃん溌のお菓子ですね。

「まだ、こんなもの売っていたのか!」

と、思わず買ってしまいました。

で、食べてみたら……あまり美味しくない(爆)。

でも、食べだすと癖になりそうな味w

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

若干名の人、と云うか……実際は一人だけのなのですが(爆)。

蟲ババ様の古いシリーズはないのか?と、問い合わせがありました。

ありません(キッパリ)。

管理頁に直書きしたものは、控えを取ってないので削除したらそれっきりです。

長いものは、ワードや一太郎で書いてコピベしましたが、ワードで保存してあるものは、PCをVistaに代えて以来、開く事ができません。

以前、某B画伯にそそのかされて、クリック一つで何処でもババ様計画を実践してみようと思ったのですが……

PC音痴のオヂサンにHPなど作成できる筈もなく♪

ただ、その時に、手持ちのババ様を幾つか改良しました。

一作目のホイホイくんのエピソードと、二作目の蟲ババ様の女子高生時代、それに四作目の話。

どこでもババ様用に、四作目をメインに一作目を付け加えたものが直ぐに出てきたので(一体、どんな雑木林状態なのか、空×ジ・Oデータは)、ネタもないことだし、最近は『ちょび』助の方ばかり更新が目立っているので、古いババ様をアップです。

ずっと読んでいる物好きな方は、ほとんど同じ内容ですのでスルーしてください♪

ババ様シリーズは、コッパズカシイので、適当な時期を見て削除していたのですが、クレームも少々でていたので削除はしません。

でも、カテゴリは便宜上、削除予定記事になっています♪

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

蟲ババ様~ババ様は白衣の天使!?の巻(1)

「ごるあ。ええかげんにせんかい、おんどりゃぁ」

蟲ババ様がお盆休みを利用して人間狩りをしにこの惑星にやって来る宇宙人顔負けの形相で、目を見開き犬歯を剥き出しにして相手を威嚇しています。脅されているのは、蟲ババ様の上司に当たる医師です。

元々、個人病院とは云え、近隣を買収して増築に次ぐ増築を重ね、今では巨大総合病院となった『算術病院』。

そこの経営者一族でもある小児科の部長先生相手に、先程から蟲ババ節が炸裂しています。

「ゴタゴタぬかすとミニスカ姿で自宅に押しかけんぞ!」

人面凶器と呼ばれるその容貌を間近に見るだけでも大迫力なのに、ミニスカートなど履いて人前に出れば、蟲ババ様それだけで動く最終兵器確定です。

「あたしゃ、子供を喰い物にするこの病院の遣り方が絶対に許せんのじゃ」

蟲ババ様は、自分が看護師として努めている病院の不正や経営方針が許せない様子で、先輩、看護主任、担当医師などと、ことごとく衝突し、遂には部長にまで牙を剥きました。

小児科の部長は、一部の人たちからは狸親父と陰口を叩かれているものの、一族の中でも比較的温厚で、患者や看護師からも評判の良い人物でした。しかし、蟲ババ様から見れば所詮は同じ穴の狢、彼女の猛攻は留まる事を知りません。

「何じゃ、この病院は。人の命を一体何だと思ってけつかんねん。大体、製薬会社から回された余り物の薬を幼い子供たちにどんどん投与して、此処じゃ病気より薬の副作用で体調を崩す子供の方が多いんとちゃうんか」

「わ、わ、わ、私にそんな口をきいて只で済むと思っているのか。そんなにこの病院が嫌なら違う所で勤めて貰っても一向に構わんのだぞ。そのかわり私に逆らって辞めた以上、この地域で君を拾ってくれる病院なんて何処にもないぞ。それでも良いのか」

初老の小児科部長は、蟲ババ様の迫力に気圧されながらも上司の威厳を保ちつつ言い放ちました。股間はちょっぴり湿っています。

「おお。上等やないけ。こんな病院もおんどれらの息の掛かったような病院も此方から願い下げじゃ」

厳つい顔で部長を恫喝すると、 蟲ババ様は大きな音を立ててドアを閉め、部屋を出て行きました。

向かい側にあるナースステーションからは何人かが蟲ババ様の方に目を向けています。或る者は蟲ババ様の義憤に同調したような顔付きで、また或る者は「余計なことを」と迷惑そうに。勤務が長い仲間ほど蟲ババ様に冷たい視線を向けているのが印象的でした。



好奇の眼差しを受けながらも、蟲ババ様は足早に更衣室へと入っていきます。

入って人目がなくなった途端。

「あっちゃぁ。またやってもうたぁー」

頭を抱えました。

蟲ババ様は一応、戸籍上は女性となっていますので、年齢は伏せておきますが、旦那さんが居る一般にイイトシヲシタと云われる年齢で、とうの昔に三十路に足を踏み入れています。娘も居ます。サラリーマンをしている旦那さんとは共稼ぎで何とか生計を保っていました。

看護師として家計を助けているものの、生まれながらにして蟲ババ様は曲がった事が大嫌いな性分です。勤めを変える度に、経営優先の病院側と衝突する始末です。

そして、今回の職場では蟲ババ様の意向もあって、小児病棟に回されました。患者は皆、幼い子供たちです。親しくなった子供たちとの別れも、蟲ババ様の心を掻き乱します。

「ちょっと、短気を起こして早まってもうた」

蟲ババ様、威勢良く部長に啖呵を切った事を悔やんでいます、が。

「取り敢えずは、先ず一服やな。私服だから、一般喫煙所でええやろ」

本来、からっとした気質の蟲ババ様。着替えを終えて荷物の整理を済ますと、先程までの後悔は何処へやら、煙草を吸いに喫煙所へと向かいました。



この広大な病院には幾つもの病棟があるのですが、蟲ババ様の居る二十階建て中央病棟は他を圧倒するが如くに高く聳えた塔のような威容を誇っています。

蟲ババ様が勤務していた小児病棟は棟の十階でした。このフロアは小児病棟だけあって喫煙所はありません。

「ほんま、面倒臭いこっちゃなぁ」

ぼやきながら蟲ババ様は幅の広い階段を降りていきます。

踊り場は全面に窓が設置され、真っ赤な茜雲が空を染め上げているのが見えます。暫くそこから外の景色を眺めていた蟲ババ様、小さな溜息を一つつきます。

直ぐ下の九階は脳神経外科、此処にも喫煙所はありません。八階階段脇まで降りなければ煙草は吸えないのです。

「本当に病院というのは面倒やなぁ。おちおち煙草も吸ってられへん」

とても、看護師の台詞とは思えませんが、蟲ババ様はそう呟くと振り返って再び階段を降り始めます。

すると、階段の途中に小さな人影が幾つも蹲っているのが目に入りました。手すりの陰に隠れるように肩を寄せ合った人影は、上の小児病棟からは死角になっています。

この病院では、夕刻、特に今日のような休日の夕方には恒例行事になっている、とも云えるでしょう。帰宅する家族たちに笑顔で手を降って別れた入院中の幼い子供たちが、何人も此処で人知れず涙を流しているのです。

特に、子供たちの間で暗黙の了解があるのか、長期入院と短期入院の子供たちは、決して交流を交わそうとはしません。何時も、病棟から死角になっているこの階段の脇に屯しているのは、長期入院の子供たちです。

勿論、其処は子供たちの事ですから、隠れていても直ぐに分かります。病棟の誰もが知っている事です。

「あっ、仁王様」

「わっ、大魔神だ」

何人かの子供たちは、階段を降りてくる蟲ババ様に気付きました。御世辞も、社交辞令も知らない子供たちの舌鋒は容赦がありません。見たままを素直に表現します。

「うん?今日は誰が泣いているのかな。泣き虫さんは誰だぁ」

蟲ババ様も微笑みながら、子供たちに応えます。心に疚しい思いがあれば、笑うと一段と凄味が増す蟲ババ様の笑顔は恐怖ですが、子供たちは何時でも優しく自分たちの味方をしてくれる蟲ババ様に懐いています。

子供たちは本能的に感じ取っているのかも知れません。自分たちを暖かく見守ってくれる蟲ババ様は、ババ様世代で云うならば人間の味方をし、助けてくれる怪獣「ピグモン」であり、病んだ人たちを蔑ろにして自分だけが肥え太る医師たちに対しては怪獣「ガラモン」に変身する事を。別に「ピグモン」は「ガラモン」に変身しませんが。それ以上に、子供たちはそんな怪獣の事など知る由もありませんが。

「今日は誰も泣いてないで、何時もメソメソしているタコも今日は我慢してまだ泣いてへんで」

そう応えたのは年長者の花坊でした。骨と皮ばかりになった顔、窪んだ眼窩の中で大きな瞳が潤んでいます。

「なぁ、だから褒めたってや。よぅ泣かんと我慢したなって、タコの事、褒めたってや仁王様」

女の子でありながら、血管の浮き出た頭部には疎らな毛しか生えていない花坊が、蹲って涙をこらえているタ子を気遣って言葉を続けます。

「ほんまや。タコ。今日は頑張ったで」

「タコは、オカンに大丈夫やって言って笑って手を振ってたで。泣き虫タコが今日は偉かったんやで」

同じように、数人の子供たちも、居合わせた中で最も年少なタコを褒めています。

「そか。そか。オカンに心配かけんように堪えとったか、偉かったな夕子」

蟲ババ様は身を屈めてタ子に視線を合わせて優しく頭を撫でてやります。

タ子は何時ものように大声で泣かなかった、と云うだけで既に涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃの状態でした。その顔を綺麗に拭きながら、蟲ババ様は愛おしそうにタ子の頭を撫で続けます。

「だって、オカンは来週の日曜も会いに来てくれるって約束したもん。泣いたら、誰も会いに来てくれない『眠り姫』はんに笑われるもん」

タ子は必死で涙を堪えようとしています。タ子は母子家庭です。平日は母親が勤めに出ている為に逢う事が出来ません。本当は夕子と云う名ですが、子供たちはこの一番年下の新しい仲間をタコと呼んで何時も労っていました。

「せやなぁ。『眠り姫』さんはずっと一人ぼっちでも頑張っとるもんなぁ」

そう言いながら、蟲ババ様は『開かずの扉』を見詰めました。釣られるように子供たちも『開かずの扉』に目を向けます。

一階下のフロア、脳神経外科にある一室を子供たちは『開かずの扉』と呼んでいました。階段を降りて正面には数台のエレベーター。その両脇に広い廊下があります、廊下沿いに病室が並び、どの病室の扉も開け放たれているのに、子供たちが屯する一角から見える端の病室だけは何時も閉じられていました。

其処には植物人間状態の女の子が何年も前から入院しています。それを耳にした小児病棟の子供たちは、この女の子を『眠り姫』と名付けて語り継いでいました。

「なぁ、仁王様。『眠り姫』様はオトンもオカンもおらへんのやろ。きっと寂しいやろうなぁ」

花坊が呟きます。花坊の両親も、遠くN-YAGOYAに働きに出ており、O-SAKAの地に居るお婆さんが面倒を見ています。両親に会えるのは、月に一度くらいでしょうか。

それでも、その表情は心底『眠り姫』を気遣っている事が伺えます。

「せやなぁ、『眠り姫』様は此処に運ばれてから、何年もずっと一人で眠ったままや、きっとあんたらより寂しい思いしてるかもしれへんな」

蟲ババ様が静かに呟きました。

『眠り姫』は以前に事故で脳挫傷を受け、そのまま一度も目を開けることなく眠ったままの状態が続いています。ガスの爆発事故に巻き込まれたのだと蟲ババ様は聞いていました。両親とたった一人の姉はその時に還らぬ人となり、唯一残った祖母が他界した今では、身寄りもありません。

「うち、姫はんの目ぇが覚めたら、友達になったげる。そうしたら姫はん、もう寂しい思いせーへんで済むもんなぁ」

面倒見の良い花坊が、蟲ババ様の呟きに合わせるように言葉を紡ぎました。



「くっそぉ!あたしゃ何てヘタレ野郎だ」

八階の喫煙室で紫煙を燻らせて蟲ババ様は毒づきます。

暫く子供たちと話を続けていましたが、蟲ババ様は最後までお別れの言葉を掛ける事が出来ませんでした。

小児病棟のどの看護師よりも子供たちに親しまれている。と、自惚れている蟲ババ様が病院を辞めてしまった。そんな事実をあの子供たちが知った時、一体どんな思いをするか。それを思うと、幼い子供たちを裏切ったような気分にすらなってきます。

それでも、限られた小児病棟と云う世界で肩を寄せ合う幼子たちは、互いに衝突と互助、出逢いと別れを繰り返し、自分たちの中で社会性を身に付けていきます。仲間の退院を心から喜び、死別を哀しみ、危篤の仲間がいれば我が事のように心を痛め、互いに生まれた連帯感の中で逞しく育っていきます。

しかし、何より気になるのは『眠り姫』の事です。

蟲ババ様には、あの病室に巣くう物の怪の気配が気になって仕方がありません。今まで対峙してきた物の怪とは異質な、健気なまでに、か弱く儚げな気配を発する物の怪です。だからこそ、余計に物の怪の正体が心の襞に触れてくるのです。

そうです。

蟲ババ様は『見えちゃう人』だったのです。 狐狸妖怪に魑魅魍魎、幽霊、妖、物の怪、幽鬼。

あらゆるこの世に在らざるモノが見えてしまう蟲ババ様ですが、その瞳に最も良く映し出されるのは「物の怪」です。

人の恨み、妬み、怒りや慟哭、それに人の欲望や執着と云った心の奥底に生まれた感情に、魔神や祟り神、魑魅魍魎が結合してカタチをなし、そして生まれる、この世にあってはならない存在、それが「物の怪」なのです。

それ故に、そこに存在するだけで、時空に僅かな歪みを生じさせ、放っておいてそれが増大していくと、時には側に居る人間たちに理不尽なまでの影響を与える事があります。

蟲ババ様は物の怪のよりしろとなった人間の心に優しく語り掛けて説得し、時には脅しとか、脅迫とか、恫喝とか、恫喝とか、恫喝によって揺さぶりをかけ、よりしろを消滅させる事で「物の怪」を退治しています。

「明日からのおまんまの心配があるから、ほんまはオフ会どころやないんやが」

翌週の日曜日は、蟲ババ様がよく遊びに行くネットのオフ会が予定されていました。

参加表明をして休みを取っていたものの、病院を辞めた今となっては、そんな事にかまけている場合ではありません。メールで欠席を通知しようとも思ったのですが、実はこのオフ会が開催されるテーマパークの敷地内には、『眠り姫』が事故を起こした現場があるのです。その場所に、本当の『眠り姫』が囚われている事までは、蟲ババ様の力で探り当てました。しかし、彼女一人の力では其処から先が曖昧模糊として掴み所がありません。

今回のオフ会には、アノヲコトが参加するとも聞いていました。

ホイホイくん。と、呼ばれる男です。

蟲ババ様は『幽霊ホイホイ』と呼んでいます。

「正直、あいつの顔だけは、見たくないやけどなぁ・・・」

ホイホイくんとしても顔の事で蟲ババ様にとやかくは言われたくないでしょうが、基本的には似たようなモノです。とは云え、威圧系の顔面人狩り宇宙人、否々、宇虫人顔たる蟲ババ様と違って、どちらかと云うとホイホイくんは天然系の間抜け面です。

ホイホイくんの場合、顔の造作云々よりは、彼の体質。この世には居てはならない彼方の人たち、所謂、妖、幽霊、魑魅魍魎が惹かれ易い特異体質が問題なのです。

勿論、ホイホイくんには『見えちゃう力』も霊感なども、微塵もありません。

しかし何時も、大勢の彼方に住まう人たちに囲まれながら、全く気付かずヘラヘラ笑っているホイホイくんを見ると、ババ様は背筋が寒くなる思いがするのです。

謂わば、ホイホイくんとは『見えちゃう人』の天敵と言っても過言ではない存在でしょう。

今回ばかりは物の怪が特殊なのか、見えちゃう蟲ババ様の力を持ってしても明確に敵の正体を捉える事が出来ません。物の怪が『眠り姫』を捕らえて事故現場に居座っている事はババ様にも察知出来るのですが、其処から先に進む事が出来ないのです。

その物の怪が原因でこの世とあの世、二つの時空にイレギュラーが起こっている事を蟲ババ様はその能力で感じていました。だからこそ、その原因を突き止めようと、自らの性分では衝突すると分かっている金権主義一辺倒の、この病院を勤務先に選んだのです。

「あいつの力を借りるしかないか・・・嗚呼、嫌や、嫌や」

次元のイレギュラー現象で、本来の居場所である彼方の世界へ行くべき人たちが、この世に留まり続ける不都合が次第に起き始めています。放置しておく分けにもいかず、最初は何とか出来れば。と、考えていた蟲ババ様ですが、物の怪の正体がはっきり掴めません。根が、アバウトな性格故に、今では次元のイレギュラーなんて面倒な事は如何でも良くなっています。

しかし、『眠り姫』を捕らえている物の怪を退治して、彼女だけは助けたい。そんな気持ちからでしょうか。蟲ババ様はホイホイくんと協力して、物の怪と向き合う決心を固めます。

「でも、あいつの顔だけは・・・ほんま・・・見たくないんやなぁ」

蟲ババ様がぼやきます。怖いモノ知らずにして、物の怪退治のスペシャリスト、本当は自分が一番怖い人。たる、蟲ババ様にも苦手なモノがあった模様です。

続く♪
 

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