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蟲ババ様~ババ様は白衣の天使!?の巻(6)
四
「美味しいかマーコ」
夕日が二人の影を長く伸ばしています。水面が茜に染まりキラキラと輝いていました。
土手の上では夕方の慌ただしさに追われるように、幾多の人々が行き交っていますが、川縁に腰掛け、一つのメロンパンを分け合って食べている二人の子供を気に留める人は誰も居ません。
「なぁ、マーコ。アンタほんまに人懐っこいからなぁ。あんまり知らん大人と話したらあかんで」
「ごめんな。姉ちゃん」
ケーコは小学生四年生ですが、学校には滅多に行きません。
「ほな、行ってくるで。ちゃんとマーコの面倒見ときや」
今日も両親は、ケーコの前に小銭をばらまくと二人して出掛けました。定職を持たない両親は、最近は近くの喫茶店で朝食を済ませた後、パチンコ屋に入り浸り状態です。ケーコは母親が置いていった小銭を拾い集めると、マーコを連れて家を出ました。集めたお金は百五十円あります。今日は、ちょっと贅沢が出来そうです。
古ぼけた木造長屋の借家を出ると、近所では同じように老朽化した荒ら屋が軒を連ねています。二人の家の両隣もそうですが、空き家が目立っています。この一帯は全て新しく出来るテーマパーク建設予定地に入っていました。以前から立ち退きの話が出ているので、新築したり改装している家も見当たりません。
「おお。ケーコちゃん学校か。今日もしっかり勉強して来ぃや」
近所のお婆さんが親しげに声を掛けてきました。
「うん、おはよ。婆ちゃん」
ケーコも答えますが、まだ小学校に上がる前のマーコが一緒です。学校に行ける筈もありません。
「学校なんぞ行かんでも大人になれるわぃ。それよりマーコの面倒しっかり見たりや」
それが父親の言葉でした。ケーコはそれを忠実に守っています。
いえ、親の言う事を聞いているのではなく、幼いマーコの面倒を見るのは自分しか居ない、と思っているからなのでしょう。両親の姿を見ているだけで、当てにならない事はケーコにも十分わかります。
何度も学校の担任がケーコの不登校について家を訪れました。しかし、「こいつが学校なんぞ行ったら、一体誰がマーコの面倒見るんや」と、両親は全く取り合おうとはしません。父も母も完全に育児放棄状態です。
只、近所に対する世間体もあるので、親はなるべく遠くで時間を潰してこい。と、ケーコに言い聞かせました。
昼間から街中を幼い二人が歩いていると、必ず声を掛けられます。その度に「ウチの妹がな、加減が悪いんや。近くのお医者さん、連れて行く途中なんや」などと誤魔化して人気のない裏山や遠くの川縁まで歩いて行っては、其処で二人は夕方まで時間を費やします。
今日は百五十円あったので、メロンパンを一つ買いました。
お金がない時はマーコだけ待たせて、ケーコが近くの小さなスーパーやコンビニで手頃なものを失敬してきます。シャツの下に菓子パンを一つ入れてはダッシュ。今まで、捕まった事はありません。
但し、幾ら防犯カメラの隙を突いても、周囲の人に見つかる事はたまにあります。そんなときは思い切り走って逃げます。荒ら屋の並んだ裏路地などに逃げれば、何時も何とか逃げおおせました。御陰で、何時もケーコの身体は擦り傷だらけです。犯行が見つかった時は、その近辺には暫く近寄りません。
メロンパンを買ってマーコが待っている川縁に来ると、マーコは見知らぬ初老の男性と話をしていました。
「なんやねん、オッサン。ウチの妹に何か用か」
「君がお姉さん?こんな所に小さな子が一人でいるから気になって」
「ウチが今から連れて帰るところや。何やねん、オッサン。勝手にウチの妹に近付いて。人攫いか。とつとといねや」
親父さんは呆れたように去っていきました。
「なぁ、マーコ。アンタ、知らん人とあんま話したらあかへんで。お巡りやったら連れてかれてまうで」
「なに言うとんの、姉ちゃん。お巡りさんと人攫いは全然ちゃうやろ」
「お巡りも人攫いも似たようなものやっちゅーねん。大人なんぞ信用でけへん。まぁ、ええわ。兎に角、悪い奴らがぎょうさんおるから、気ぃ付けるにこしたことない。」
ケーコは首からぶら下げた、プラスチックのズタボロになった水筒を外しました。中身は朝、家を出る時に汲んでおいた水道水です。
先程の男性の後ろ姿が見えなくなったのを確認したケーコは、持っていたメロンパンを袋から出すと真ん中から二つに分けました。
「さぁ、メロンパン買うて来たで、食べようや」
「うわぁ。ウチ、メロンパン大好き」
マーコが嬉しそうに答えました。
夕日がマーコの頬を真っ赤に染めます。朝から何も食べていないマーコは一心不乱に、メロンパンに齧り付いていました。
川の向こう岸をケーコは黙って眺めています。大きな川の向こう側には、天に向かって数多の高層ビルが建ち並び、灯り始めた明かりが光の塔となって、堂々たる威容を醸し出しています。
其処には二人の知らない世界が聳え立っていました。
「なぁ、マーコ。何時かお姉ちゃんと二人だけで向こう岸に行ってみいへんか」
ケーコは妹の顔へと静かに視線を移しました。余程、空腹だったのでしょう。マーコは姉の言葉など耳に入らない様子素振りでメロンパンを食べています。
「お姉ちゃんのも食べるか。マーコ」
ケーコは優しく声を掛けます。
「ええよ。姉ちゃんも今日は何も食べとらんやん。お腹空いてるやろ。早ぉ食べぇや」
マーコはすっかりパンを平らげると、自分の指を嘗めながら答えています。
「なぁ、マーコ。マーコはお姉ちゃんが絶対に守ってやるからな」
「うん。何時も、何時も、お姉ちゃん、ウチの事、守ってくれてるで。おおきにな」
「オトンもオカンも信用でけへん。大人なん当てにならへん」
「なんでや。何で、そんなこと言うんや、姉ちゃん。ウチはオトンもオカンも好きやで。姉ちゃんが一番やけどな」
マーコは笑って言いました。しかし、前日の夜。ケーコは両親の会話を聞いてしまったのです。
「なあ、アンタどないする。此処も立ち退きの話が出とるけども、ゆくあてもなきゃ引っ越し費用もあらへんで」
「お袋に頼んでも、もう金ぇ貸してくれる筈あらへんしなぁ、どないしょ」
「お義母さんと云えば、お義母さんが保険掛けてくれてはったなぁ。積み立て式の奴」
「ああ、あれな。マーコが中学に入るのんに合わせて満期が来るようになっとった。ケーコの入学祝いやマーコの小学校までは自分も現役やけど、その先は、マーコの中学祝いはそれでまかなうつもりらしい」
「なんでやねん。実の子供が困っとるのに孫のことばかり、でもあの満期金受取人はアンタになっとったんちゃうか」
「証書はお袋んとこや、それに掛け始めてそんなに経っとらへん、引っ越し費用に充てようにも解約払戻金すら返って来ぃへんやろ」
「でも、死亡保険金なら満額降りるんちゃうか?きゃはははは」
ケーコが夢現の中で聞いた両親の会話は、単なる酔った勢いでの戯れ言だったのかもしれません。しかし、育児を放棄しアルコールとギャンブルにのめり込むばかりの両親を目の当たりにしているケーコにとって、それは衝撃的な言葉でした。
「マーコを守るのはウチしかおらへんねん。オトンやオカンにとって、ウチもマーコもいらん子だったんや。お金に換える為の子やったんや」
ケーコは隣で眠っているマーコに目を向けます。
「オトンやオカンがウチらがいらへん、ちゅーんならウチらだって親なんぞいらへん。ウチがマーコの面倒見たる。ウチがマーコの親になったる」
激しい怒りと押さえ難い愛情を自ら制御出来ないまま、ケーコの瞳に怪しげな光が宿りました。
二人して日が暮れるまで川縁で摩天楼聳える向こう岸を眺めていたその日。自宅に帰った頃には周囲はすっかり暗くなっていましたが、両親の姿は見えませんでした。
姉妹揃って、一緒に布団に入ったその夜、ケーコは夢を見ました。
数日前から見掛けなくなった二匹の仔猫の夢です。
一人住まいをしていた近所のお婆さん宅の玄関先に住み着いた二匹の猫が居ました。
同じような白地に黒い模様の入った雌の仔猫です。きっと姉妹なのでしょう。大きな方は人に慣れる事もなく、気位の高そうな雰囲気を漂わせて、何時もケーコやマーコを遠巻きに眺めています。小さな方は、人懐こくて知らない人にも近付いて気持ち良さそうに撫でられたりしていました。大きな方は、近付くと威嚇してきます。それでも、小さな猫が道行く人に可愛がられる姿を我が事のように見詰めていました。
しかし、その眼は常に妹猫に注がれ、決して油断はしていません。小さな猫に危害を加えようとする人が現れたら、即座に襲い掛かりそうな体勢を整えています。幼いながら、小さな猫を見るその眼差しは母親のものに似ていました。
その猫たちの姿が、突然見えなくなったのです。
お婆さんに尋ねても「ウチの飼い猫だった分けでもなし、ある日突然、ひょっこりと姿を現わして、また突然にいなくなったんだからねぇ、まだ小さいのに。一体、何処へ行ったのやら」と首を傾げるばかりです。
「アンタたちに慣れていたみたいだから、きっとまた、ふらりと舞い戻ってくるに違いないよ」
お婆さんはそう言いますが、ケーコもマーコも猫たちの事が心配で気が気ではなりません。誰か親切な人に拾われれば良いのですが、車に轢かれたりしていた時の事を考えると親しくなっただけに目頭が熱くなる思いです。
でも、ケーコの夢の中で、二匹の仔猫は肩を寄せ合い、仲良く暮らしていました。
流れ流れて見知らぬ街を旅し、カラスや意地悪な子供たちに虐められながらも、少ない食べ物を分け合いながら暑さや寒さ、嵐や空腹に耐え、お互いを庇い合いながら逞しく一日一日を生き延びています。
目が覚めた時、ケーコは自分が泣いている事に気付きました。隣に目を向ければ、マーコがすやすやと眠っています。
台所から零れる明かりに気付き、其方へ行ってみると、何時の間に帰ってきたのか両親がテーブルに寄り掛かって熟睡していました。今日はパチンコで勝ったのでしょう、何本ものアルコールの瓶やビールの空き缶が方々に散乱しています。
そのまま両親を起こさないように、足音を忍ばせて玄関まで出たケーコは、薄汚れた自分たち姉妹の靴を手に取ると、マーコの元へと戻りました。
そして、じっとマーコの寝顔を見詰めます。
「オトンもオカンも、大人たちなんぞあてにならへん」
そう呟くと、ケーコはマーコを起こしました。眠たそうに目を擦っているマーコにケーコが呟きます。
「なぁ、マーコ。今日は暑いさかい、喉が渇かへん?」
「ううん。別にウチ平気やけど」
「ねぇちゃん、喉が渇いて堪らんわぁ。なぁ、家の向かい側にある自動販売機に行って何か飲みもん買うて来てくれへん」
そう言うと、ケーコは押し入れの隅に隠してあった汚い財布を取り出しました。中には二枚の百円玉と五十円玉と十円玉が一枚ずつ、そして五円玉と一円玉がずっしりと入っています。
「ほら、靴持ってきたで。オトンたちに見つかったら、折角貯めたお金取り上げられてまうやろ。やから、其処の窓から出て買うて来てくれへんかな」
「だって、こんな時間やんか。ウチ一人で外、怖ぉてよー出ぇへんわ」
「頼むさかい、お願いや。ねぇちゃん、此処でオトンたちに見つからんように見張っとるさかい」
「だって、ウチ。一人で自動販売機で買い物した事ないんやで。ウチ、他の子より小さいから手ぇ届けへんかも」
「頼むわぁ。マーコの好きなの買うてええさかい」
マーコが窓からこっそりと出て行きました。それを両親が気付いていない事を確認したケーコは、小さなリュックに少ない衣類を放り込みます。
今まで、何度もマーコを連れて出掛けた時に、そのまま家出しようと試みた事はあります。しかし、それも尽く保護されて両親の元に送り帰されました。
「オトンやオカンが居るからウチらが連れ戻されるんや」
ケーコが窓から首を出すと、向かい側にある雑貨屋の自動販売機ではマーコが予想通り手こずっていました。そのうち、マーコは自販機の下を覗き込んで手を突っ込んでいます。プロパンガスのボンベの影になって余り良く見えませんが、おそらく釣り銭を落としたのでしょう。
それを確認するとケーコは、台所へと足を運びました。
「オトンもオカンも居なくなればええんや」
そう呟くと、ケーコはガスの元栓を緩めました。そして、冷蔵庫を確認しますが、勿論、入っているのはアルコールばかり、食べ物などありませんでした。
そっと、テーブルの上にあるスナック菓子でも持って出ようとそれに手を伸ばした時、ケーコの瞳は隅に置いてある父親の財布を捕らえました。
酔っ払って寝ている両親に気付かれないよう、財布を引き寄せて中を確認します。あまり入っているようには思えませんでしたが、それでも何枚もの紙幣が覗いています。
ケーコは静かに財布の中から紙幣を抜き取りました。
その瞬間です。
紙幣を握ったケーコの細い手首を、突然現れた大きな手が握り締めます。物凄い力でした。
吃驚したケーコが手の伸びて来た方角に目を向けると、父親がテーブルに顔を伏せたままの状態で上目使いに此方を睨んでいます。その目は血走り、真っ赤に充血していました。
「何してけつかんねん、この糞餓鬼」
父親はそのままケーコを自分の元まで引き寄せました。無精髭に囲まれて歪んだ口元から吐き出される、酒臭い息がケーコの顔に当たります。
「親の金に手ぇだすとは、何ちゅう了見や」
父親の拳がケーコの頬に炸裂します。その勢いでケーコは流し台の下まで吹き飛ばされました。
「何やねん。騒々しいなぁ」
物音に気付いた母親も目を覚ました様子です。
「この餓鬼が親の金に手ぇ出しやがったんや」
言うと父親は流し台の前までやって来て、ケーコの腹を二発三発と蹴っています。
「あぁん。家の子が泥棒したんかい。しかも親の金」
父親に代わって、今度は母親がケーコに詰め寄りました。髪を掴んで何度も床に叩き付けます。
「あんたなぁ。泥棒なんて人として最低やで」
ヒステリックに母親は叫んでいます。
「あんたたちに言われたくない」そんな台詞をじっと堪えてケーコは歯を食いしばって耐えていました。
「おい、あまり顔を殴るなよ。派手に怪我でもしたらまた何やら相談所とかが出しゃばって来よるで」
「なに言うてんねん。アンタだって思いっきり顔殴っとつたやないか。これは躾けやで。悪い事したら、こんな目に遭うちゅー躾けの一環や。赤の他人にとやかく言われとうないわ」
母親はケーコに対する体罰の手を緩めようとはしませんでした。
カチ。
カチ。
カチッ。
父親が煙草を咥えながら、パチンコの景品であろう真新しいジッポーライターの蓋を音を立てながら開け閉めして、再びケーコの元にやってきます。
「ほんま、親に向かってえらい顔して睨みおってからに。ろくなもんぢゃないな、この餓鬼は」
「ほんまや、謝りもせえへんと、泣き言の一つも言わへん。一体、どんな教育受けとんのやろ。親の顔が見たいわぁ」
「そりゃ、あんたたちだろ」
ケーコはO-SAKA特有のぼけ&突っ込みを返したいのを堪えて、再び歯を食い縛ります。生暖かい鉄臭さが口の中に広がり、胃液までもが込み上げてきました。
「まーだ、黙って睨んどる。ほんま可愛気のない餓鬼や」
母親はそう言うと、もう一度髪を掴んでケーコの顔面を床に叩き伏せました。
「鬼や。鬼の子や。この糞餓鬼は」
蹲るケーコに母親の平手が幾たびも襲ってきます。
そして、母親は立ち上がり様に、真ん丸の顔の中央におまけ程度に捨て置かれたような小鼻を蠢かせて呟きました。
「なぁ、何か変な臭いしぃへん?何だか臭いでぇ」
「そりゃ、この性根が腐った泥棒餓鬼の臭いやろ。全身から悪臭がぷんぷん臭っとるで」
父親がそう言いながら、咥えた煙草にジッポを近付けると、ライターに火を付けました。
まだ……続くんか……
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ところで
(゚◇゚* Ξ *゚◇゚) イエイエ♪
大阪はなかなか縁がないところです。
オフ会で(正確には正式オフ会の翌日)に一日だけ滞在して喰い倒れ人形見てきただけです。
しかもその時の同行者は東京の人。
なおこ様のほうがよほど大阪弁がお上手ですが……もしかして、実は関西の人!?
あ……言動はコテコテの関西人っぽいw