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蟲ババ様 ~ 蟲ババ様の出番が皆無??の巻(後編)
目的地には、男の見知った小さな家がありました。病に伏せった幼子の家と寸分違わぬ造りです。
「こんにちは」
粗末な板塀越しに声を掛けて、男は中に入っていきます。玄関の脇に備え付けられたポストに目を向けると、其処には封筒と同じ住所が書かれていました。但し、ポストの名前だけは封筒の宛先にあった女性の名前が一つ書かれているだけです。
住所と名前を確認した男は、三通の封筒をポストに入れようとしました。
その時です。
「あら珍しい。此処に人が尋ねてくるなんて」
と、猫の額程の庭で、花の手入れをしていた女性が声を掛けてきました。
「娘さんからです」
男はそう言うと、女性に三通の封筒を手渡しました。
「こんな所に?」
怪訝そうな表情で封筒を受け取った女性でしたが、一目見るなり。
「これは、娘の字です。まだ、平仮名しか書けない、拙い文字ですけれど、間違いなく娘の字です」
そう言いながら、封筒を大切そうに胸に抱え、泣き出してしまいました。
「ありがとう。こんなに遠くまで配達してくれて、ありがとう」
女性は、何度も何度も、男に礼を言いました。
「いえいえ、どういたしまして。俺も、ずっと気懸かりだったこの封筒を直接ご本人に配達出来て、こんなに嬉しいことはありません」
門を出た男の前には、壊れた筈の赤い自転車が綺麗に修理されて、立て掛けてありました。男はそれに跨ると、自転車を漕ぎ始めます。
満身に降り注ぐ、金色の粒子が男の行く先を路となって指し示しています。遙か彼方では微かに赤色灯の点滅する色や、サイレンの音が聞こえます。それでも、男は只、真っ直ぐに前だけを見詰め。黄金の路を自転車に乗って進み続けました。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「あ。アンタには俺が見えるんだろう。助けてくれ。このままではあの狐に喰われちまう」
逃げ回る悪霊を追い、路地裏へと遣ってきたホイホイくんの足元に、満身創痍の状態で地を這うように黒い影が忍び寄ってきました。つい先刻まで狐と空中戦を繰り広げた禍々しいまでの威圧感は微塵もなく、まるで枯れ枝のように萎びた容姿です。
「アンタ。アンタがさっき使っていたのは救済の技法だろ。それで俺を、俺を何とか助けてくれ、俺を救済してくれ」
影の後ろには、狐が迫ってきます。
「頼む、頼むから助けてくれ」
足元に縋り付く悪霊を見据えたホイホイくんは、小さな溜息を一つ吐くと、掌から金色の光を放ち始めました。
「ありがてぇ」
言った悪霊の言葉が終わらないうちに、黄金の光は一本の槍と化して、悪霊の背中に突き立てられました。
「散々、悪事を働いた割には、往生際が悪すぎますね」
黄金の槍は背中から胸元へと悪霊の身体を貫き、深々と地面に刺さっています。
その激痛に耐えかねた悪霊が、世にも恐ろしい叫び声を上げています。
「これで、ちょこまか逃げ回ることも出来まい。じっくりと味わって喰ってやる」
追いついた狐が、冷たい視線を悪霊に向けて呟きます。
「遣り過ぎですよ、狐様。街中であんな大技ぶっ放して、怪我人でも出たら如何するつもりですか」
「其処まで俺様が知るか」
人間たちのことになど興味はない。と、云った素振りで、狐は身動きの取れない悪霊を喰らい始めました。
「だから、狐様を連れて来たくなかったんですよ」
「喧しい。あれが俺様の遣り方だ、文句あるか」
「文句ありません。今度から、他の人と組むだけの話ですから」
「おいおい、それはないだろう。お前最近、犬野郎や焔姫ばかり連れ出すだろう、俺様は何時も留守番で退屈してるんだ。たまには俺だってストレスを発散させて暴れたいお年頃なんだよ」
「何百年と生きていて、何がお年頃ですか。それに、たまに皆さんの姿が見えたり、気配を感じる人間が居るんですよ。姿を見られても無難な方を連れ出すのは当然ですよ。頼りになる方々ですし」
「ちょっと待て、それじゃ俺様は頼りにならないみたいな言い方だろ、それ」
「そうは言ってませんが」
「大体、犬っころやちび女なんざ、切り込み隊長たる、この俺様の霊力の前では二人束になって掛かってきても鼻息一つで吹っ飛ばしてやらぁ」
狐は二本足で立ち上がると、大仰にポーズを取っています。短い後ろ足で居丈高に前足を広げる格好は、結構、間抜けな姿にしか見えません。
「切り込み隊長って、何時も何も考えずに突撃して、先走っているようにしか見えないんですが。取り敢えず今の言葉は、お二方にちゃんと伝えておきますから、お気を悪くなさらずに」
大見得を切る狐にホイホイくんは笑いながら言いました。
「やめて。あの二人に余計なこと言わないで、あいつらは洒落が通じる連中じゃないから」
急に、狐は意気消沈します。
二人の間抜けな会話が交わされている間にも、周囲には生きながら食される悪霊の断末魔が響き渡っていました。しかし、通り過ぎる人々は誰一人それに気付きません。押っ取り刀で遣ってきた救急車の赤色灯が、雨の向こうで点滅しています。人々は事故があった大通りへと歩いていきました。
「間が悪かった。では、済みませんね。目の前でこの悪霊が人を一人餌食にしたのに、彼を助けることが出来なかった」
ホイホイくんが少し声を落としています。
「自惚れるな」
悪霊を食べ終わった狐が二本足で立つと、ホイホイくんの隣に寄り添って言いました。
「そうですよね。僕に出来るのは肉体を失った魂を嘘で塗り固めた虚像で慰めることくらいですから」
ホイホイくんには人の命を救うことは出来ません。この先、現実の世界で生きていく加害者となってしまった母親や、同乗して惨劇を目の当たりにした幼子に対しても、彼の能力は全くの無力です。
「まぁ、そうでもないさ。人だって妖だって、優しい嘘を必要としている連中は幾らでも居るんだ。お前はそれで沢山の魂を救済してきた。それは誇りに思って良いと思うぞ」
取りなすように狐は穏やかな声でホイホイくんに語り掛けます。
「それに、お前を必要としている仲間たちが大勢居るんだ。勿論、今の居場所が嫌なら。お前は何時でも戻れば良いんだがな」
人の世か、はたまた妖や魑魅魍魎たちの世界か、この二者択一にホイホイくんは、自分に助けを求める妖たちの世界へと飛び込みました。彼が優霊とか憂霊と呼んでいる、者たちの世界です。たった一つの想いに縛られたが故に、永遠に生き場所を失い、自らの存在をより強力な悪霊たちに捕食され、吸収されるまで永劫に闇の中を彷徨うか弱い者たちの世界です。
「と言うか、お前、還れよ。今ならまだ間に合う」
黙して語らない、ホイホイくんに狐は言葉を続けました。
ホイホイくんの掌が金色の輝きを微かに放ちます。
「まるで、僕自身を象徴しているみたいだ」
呟いたホイホイくんは、そのまま歩き出します。
「だから、狐様。その格好は拙いですよ。狐様の姿が見えちゃう人が何処に居るんだか分からないんですから」
ホイホイくんの言葉に、狐は嬉しそうに姿を変えて、彼の足元に寄り添って歩調を合わせます。見た目は普通の狐ですが、威風堂々と威張った歩き方です。胸を張り、顎を上げて悠然と足を進めます。何より、その歩き方は容姿と態度が大いにバランスを欠いて、見るからに滑稽です。
「今回は、本当に狐様と一緒で助かりました。ありがとうございます」
ひょこひょこ歩く狐の姿を見ながら、ホイホイくんは思わず口にしました。
「褒められてる気がしねぇよ」
その言葉に狐は即答します。
やがて二人は、地下鉄の出入り口へと辿り着きました。
春の嵐が吹き荒れる中、出入り口には一人の少女が佇んでいます。黄色い帽子に、赤いランドセル。真新しい、紺色の洋服。入学式の帰りでしょうか。
少女は狐の姿に気付いた様子です。
「わぁ。ワンちゃんも濡れちゃったね」
少女が狐に手を差し伸べました。
「これは狐さんだよ」
ホイホイくんが身を屈めて少女に微笑みかけます。
「へぇーっ。私、狐さん触るの初めて」
濡れた狐の頭を少女は優しく撫でています。
「お迎えを待っているの」
暫く、狐と戯れる少女を眺めてホイホイくんは声を掛けました。
「うん。朝は晴れてたから、傘持ってこなかったの。きっとお父さんが持ってきてくれると思うから待ってるの」
「お父さんが」
「私、お母さんは遠い所に行ってるから、入学式も一人で行ったんだよ」
「偉かったねぇ。家は近いの」
「うん。直ぐ其処なんだけど、この雨だと大事な服やランドセルが濡れちゃう。お母さんが戻ってくるまで綺麗なままにしておきたいの」
「お母さんに、今の姿を見せたいんだね。じゃ、この傘使うと良いよ」
ホイホイくんは手に持っていた透明のビニール傘を差し出しました。
「えっ。これ借りて良いの」
「良いよ」
「でも、借りるのは良いけどどうやって返したら」
「お兄さんはこれから地下鉄に乗るから、もう傘は使わないんだ」
「うわぁ、おじちゃん、ありがとう」
言うと、少女はホイホイくんから傘を受け取りました。ホイホイくんはそのまま嬉しそうな表情で階段を降りていきます。
「おじちゃんじゃなくて、お兄さんなんだけどなぁ」
と、一言だけ呟きながら。
「あのくらいの年の子から見れば、紛う事なきおじさんだろう、お前は」
笑いながら狐も彼の後に続きます。
「あれ、狐さんを電車に乗せて大丈夫なのかな」
ふと、思い立った少女が振り返ると、ホイホイくんの後ろ姿だけが階段を降りていきます、狐の姿は何処にもありません。
不思議そうに小首を傾げた少女が傘を広げると、金色の光の粒子が舞い散りました。
「良かったね。君が出したお母さんへの手紙。親切な郵便配達のお兄さんが責任を持って届けてくれたよ。よかったね」
光の中で、先程の男性の声がしました。
傘を開いた少女の周囲には、暖かくて清浄な空気が充ち満ちています。見上げた傘の先には、其処だけ真っ青な空が広がり、ぽっかりと白い雲が浮かんでいます。
空の果てから、少女の名前を呼ぶ声も聞こえてきました。
「お手紙を、ありがとう」
それは懐かしい母親の声でした。
「見て。見て、お母さん。私、今日から小学生になったんだよ。お母さんが楽しみにしていた小学校の入学式だったんだよ。病気ばかりして心配かけてゴメンナサイ。でも、もう大丈夫。私、今日から小学生だから」
少女も母親の声に応えます。
嬉しそうに微笑んだ少女の姿は、次第に傘の中に広がる青空へと吸い込まれていきました。
「お母さん。お母さん。お母さん」
激しい雨と風が、地下鉄の出入り口脇に植えられた桜の花々を散らしていきます。
春の嵐に吹かれながら、歩道の上を持ち主のない透明なビニール傘が、カラカラと音を立てながら転がっていきました。
めでたし、めでたし。
ちゃんちゃん。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
取り敢えず、敵役に堕ちたホイホイ君が蟲ババ様姉妹に退治されて、おっ死んぢゃう前に、彼のお話も少しはw
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こんばんは
あれれ・・・
いつもコメント頂いていますが、普通に秋月様の御名前を拝見すると妙に新鮮な印象が(爆)。
申し訳ないです。
今回はあまり笑えませんでしたか。
確かに、笑い所が・・・
失敗、失敗w