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蟲ババ様 ~ 蟲ババ様の出番が皆無??の巻(前編)
男は閉じていた目を、そっと開けました。若い男です。まだ、二十歳を超えたばかり。と、行った所でしょうか。倒れた赤い自転車の前輪が、音もなく微かに回り続けています。その手前に落ちているのは、男が被っていた帽子でしょう。転がった帽子に、冷たい雨が容赦なく降り続けていました。
先程感じた、全身を苛む電撃様の激痛は、既に消え去っています。しかし、男は自分の意志では指先一本、瞼一つ動かすことは出来ませんでした。
男は身体も動かせないままに、周囲を見渡します。彼はその矛盾に気付くことなく、視点が激しく移動していきます。
男は大勢の人々に囲まれていました。降りしきる雨の中、モノトーンに染まった世界で、朱、黄、碧と色取り取りの傘だけが鮮やかな光彩を放ちながら揺れています。男の視線は時には高く天空から地上を見下ろすが如く、また時には低く地面から見上げるように、一つ処に定まることなく泳いでいきます。
ずぶ濡れになった一人の若い女性が、顔面を蒼白にして、雨の中わなわなと震えながら呆然と立ち尽くしています。歩道脇には彼女が乗っていたであろう自動車が止まっていました。やはり、ボンネットに貼り付けられた若葉マークが雨に打たれています。
「やだよ!ママが。ママが、お巡りさんに捕まっちゃう」
雨の音以外何も聞こえなかった男の耳に、幼い少女の声が響き渡りました。
まだ、幼稚園児くらいでしょうか。おそらくは若い母親が自動車で娘を迎えに行った帰りだった様子です。
一人の男性が、泣いている女の子に透明のビニール傘を翳しながら、止まっている車の後部座席へと幼子を導いていきます。まるで、この女の子の視界から男の姿を隠そうとでもするかのような素振りです。
嗚呼。この男性には見覚えがある。先程、自分が追い抜いていった男性だ。
男がそう思った刹那、彼の記憶が徐々に蘇ってきました。
そうだ。
自分は仕事を終えて帰る途中に、この男性に声を掛けられたのだ。
「今、其方に行っちゃ駄目です」
この土砂降りの中、前を歩いていた男性を追い越して、大通りに差し掛かろうとした時、後ろからこの男性がそう声を掛けてきたのだった、と。
声を発した男性を振り返ったものの。別に、彼の言葉を気にも留めずに、そのまま二度、三度と、男が乗っていた自転車のべダルを漕いだ途端のこと。自転車が何者かに引っ張られるように急に加速を付けて、車道へと吸い込まれて行きました。
男は先刻の不可思議な体験に思いを寄せます。何故あの時、かけた筈のブレーキが効かなかったのだろう。只、濡れたアスファルトの上をタイヤが滑るように車道へと突進して行く中で、何故、自分は身動き一つ出来ずに長い、長い時間、固まり続けていたような錯覚に襲われていたのだろう。
そして響き渡る低い衝突音の後に、目の前に現れた微笑む黒い影は一体、何だったのか。大きく視点が宙に浮き、高い位置から見下ろしたあの男性は、何故それまで影も形も見えなかった犬を連れていたのだろう。
男にとっては、全てが現実味のない出来事でした。自らの体験した、白日夢のような一瞬の幻。
男は、雨に濡れた冷たいアスファルトから、何とか身体を持ち上げようと試みましたが、やはり、体は全く動きません。
幼子を自動車の中に入れた男性が、再び自分の元へと遣ってきます。一匹の犬がリードも付けずに、男性の足元に寄り添っています。まるで、気の小さな犬が飼い主の足元に身を潜めて隠れているような仕草です。傘以外の色彩が沈んでしまった雨の中で、犬の黄色がかった薄い焦茶色の毛並みが、神々しい程の光沢を放っています。
「何時の間に姿を現したのだろう」
不思議に思った男が、じっとその犬を見詰めました。
「いや、違う。これは犬じゃない。これは・・・」
そう思った刹那、男の耳元に笑い声が響いてきました。
夕刻と呼ぶにはまだ少し早い時間ですが、激しく降り続く雨と厚くたれ込めた雲の為、街は朦朧とした幔幕をおろしています。
既に灯された街灯が煌々とした灯りを湛えている中、交差点脇の一角だけは、どんよりとした薄墨色に塗りつぶされて、今にも吸い込まれそうな闇を醸し出していました。街灯の明かりさえも、無に帰すような深い暗闇です。
その中心、街路灯の下には、禍々しいまでの気配を発しながら微笑んでいる、黒い影が佇んでいました。
「うふふふふ」
影は、雨に濡れることもなく、嬉しそうに笑い声を上げながら、ゆっくりと男の方へと近付いてきます。
と、その瞬間。
男性の足元で息を殺していた犬が大きなうなり声と共に突然、此方に向かってくる黒い影に挑み掛かりました。
笑っていた黒い影は、獣の急襲を受けて驚いて空へと逃げ出します。犬も後を追って宙に舞いながら幾度となく影に体当たりを敢行していました。
「違う。あれは、犬じゃない。あれは、あれは狐だ」
男は、中空を飛び交い、何度も衝突を繰り返しながら、天へと駆け上がっていく二つの物体を驚嘆の眼で追い続けています。ぶつかり合う度に、黒い影はダメージを受けて漆黒の身体が襤褸襤褸と崩れてゆきます。
そのうちに、男の頬を濡らす雨が、金色に輝き始めました。それに呼応して、モノトーンに沈んでいた世界が、燦々と眩いばかりに色を成していきます。
舞い散る黄金の粒子の合間から、中空で激しくぶつかり合う二つの影が垣間見えます。狐の攻撃を受けていた黒い影の動きが次第に鈍くなってきました。頃合いを見計らうように狐は宙に浮いたままで身構えると、影に向かって大きく口を開けて吠え掛かります。
きーーーーーーんん!
何時までも鼓膜を震わす、硝子を爪で引っ掻いたような不快な高音階が周辺に木霊しました。黒い影は、一瞬にして破裂するように砕け散ると、そのまま地面へと墜落していきます。と、同時に周囲の街灯が全て割れ始めて、周囲の人の頭上に破片が降り注ぎました。
人々は悲鳴を上げながら避難してゆきます。傘も差さずに蒼白な顔で佇んでいた女性も、近くの人に手を引かれて歩道の隅へと連れて行かれます。
たった一人、狐を連れていた男性だけがその場に留まって男を見下ろしていました。
その時になって、男は初めて気が付きました。突然に降り始めたこの金色の雨は、この男性が降らしていたものだという事実にです。
黄金の雨は、男性が男に向けて翳した掌から放たれていたのです。
優しく、暖かな光です。
この黄金の雨に打たれながら、男の脳裏に幼かった頃の懐かしい想い出が蘇ってきました。
一人っ子だったこともあって、両親に溺愛された幼少時代。自分の小学校の入学式をあれほど楽しみにしていながら、その直前でこの世を去った優しい母親。
「お母さんは、あの天の川に引っ越して住んでいるんだよ。天の川の中には此処とそっくりな世界があって、この街と全く同じ場所があるんだ。お母さんは其処で星になって暮らしているんだよ」
夜空を指さして、そう教えてくれたのは父親だったでしょうか。
「だから母親に手紙を書いた。その言葉を信じて」
男は、平仮名しか知らない、幼稚園児の時に、何通も、何通も、宛先の自分の住所の前に「あまのがわし」、と書き添えて、手紙を送っていました。
しかし、全ての手紙は男の自宅へと送り返されてきます。自宅のポストに、あれほど苦労して書いた手紙が、母親の元に届くことなく戻ってきたことを知った時のあのやるせなさ。それでも手紙を出し続けるしかなかった、寂しさ、悲しさ。
父親も交通事故で小学六年の頃に亡くなりました。その後は親戚中を盥回しにされながら、最後には独力で高校を卒業し、今の職に就きました。
「そう。あの時のことがあったからこそ。俺はこの仕事を選んだんだ」
男が誰にも聞こえない声で呟きます。
「嗚呼。全ての配達が終わった後で良かった。大切な手紙が雨に濡れなくて良かった」
家族も身寄りもない男にとって、気懸かりなのは自分が配達すべき郵便物でした。男の視線の先には、赤い自転車が倒れています。自転車の前に付いている鞄は大きく口を開けて開かれていますが、中は空っぽでした。
金色の雨が男を優しく包みます。まるで穏やかに降り積もる雪のように、男の全身を金色に染め上げていきます。
「後は、これだけだな」
そんな男の声が聞こえたのか、脇に立っていた男性の顔が少しだけ曇りました。
「この三通の封筒を」
そう言って、男は自分の制服の内ポケットに仕舞ってある封筒に手を遣りました。
「おや、身体が動く」
金色の雨に打たれている内に、身体が自由に動くようになったのでしょうか。それまで、全く動かなかった腕が封筒を入れてある胸元へとすんなり伸びていきます。
男はそのまま立ち上がると、改めて周囲を見渡しました。既に雨は止み、金色の日射しが男に注いでいます。
否、雨は止んだのではありません。
雨は男の足元で、降り続けていました。
何時の間にか、男は雲の上に立っていたのです。下界を見下ろせば、灰色の街が、煙る雨の中で箱庭のように小さく見えます。
しかし、男の目の前には、彼が暮らしているのと全く同じ街の情景が映っています。
「まさか」
言いながら、男は駆け出しました。
街角を曲がり、自分の配達区域へと足を踏み入れます。すると、電柱には「雲の街」と、最初に書かれていながら、其処から先は自分の見知った、毎日郵便物を配達していた住所が書かれています。
男は懐から三通の封筒を取り出しました。
其処には「くものまち」と書かれた後、恐らく差出人の住んでいる場所と同じ住所が拙い平仮名で綴られています。
男は、差出人の顔すら知りませんでしたが、自分の配達地域です。その家の事情はよく分かっていました。長年、病に伏せた幼い女の子が居ること、看病疲れが原因なのか、その子の母親が一年程前に他界したこと。
この三通の手紙は、きっと女の子が病気と戦いながら、突然に亡くなった母親を想い、苦労して書いたものなのでしょう。だから、悪いことだと知りながら、男は封筒を差出人に返すことなく自分の制服のポケットに、そっと忍ばせました。
「もしかしたら」
そう思い。男は宛先の住所へと走っていきます。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ぐあぁぁぁ!!!
ゴメンナサイ!
ゴメンナサイ!
ゴメンナサイ!
男は閉じていた目を、そっと開けました。若い男です。まだ、二十歳を超えたばかり。と、行った所でしょうか。倒れた赤い自転車の前輪が、音もなく微かに回り続けています。その手前に落ちているのは、男が被っていた帽子でしょう。転がった帽子に、冷たい雨が容赦なく降り続けていました。
先程感じた、全身を苛む電撃様の激痛は、既に消え去っています。しかし、男は自分の意志では指先一本、瞼一つ動かすことは出来ませんでした。
男は身体も動かせないままに、周囲を見渡します。彼はその矛盾に気付くことなく、視点が激しく移動していきます。
男は大勢の人々に囲まれていました。降りしきる雨の中、モノトーンに染まった世界で、朱、黄、碧と色取り取りの傘だけが鮮やかな光彩を放ちながら揺れています。男の視線は時には高く天空から地上を見下ろすが如く、また時には低く地面から見上げるように、一つ処に定まることなく泳いでいきます。
ずぶ濡れになった一人の若い女性が、顔面を蒼白にして、雨の中わなわなと震えながら呆然と立ち尽くしています。歩道脇には彼女が乗っていたであろう自動車が止まっていました。やはり、ボンネットに貼り付けられた若葉マークが雨に打たれています。
「やだよ!ママが。ママが、お巡りさんに捕まっちゃう」
雨の音以外何も聞こえなかった男の耳に、幼い少女の声が響き渡りました。
まだ、幼稚園児くらいでしょうか。おそらくは若い母親が自動車で娘を迎えに行った帰りだった様子です。
一人の男性が、泣いている女の子に透明のビニール傘を翳しながら、止まっている車の後部座席へと幼子を導いていきます。まるで、この女の子の視界から男の姿を隠そうとでもするかのような素振りです。
嗚呼。この男性には見覚えがある。先程、自分が追い抜いていった男性だ。
男がそう思った刹那、彼の記憶が徐々に蘇ってきました。
そうだ。
自分は仕事を終えて帰る途中に、この男性に声を掛けられたのだ。
「今、其方に行っちゃ駄目です」
この土砂降りの中、前を歩いていた男性を追い越して、大通りに差し掛かろうとした時、後ろからこの男性がそう声を掛けてきたのだった、と。
声を発した男性を振り返ったものの。別に、彼の言葉を気にも留めずに、そのまま二度、三度と、男が乗っていた自転車のべダルを漕いだ途端のこと。自転車が何者かに引っ張られるように急に加速を付けて、車道へと吸い込まれて行きました。
男は先刻の不可思議な体験に思いを寄せます。何故あの時、かけた筈のブレーキが効かなかったのだろう。只、濡れたアスファルトの上をタイヤが滑るように車道へと突進して行く中で、何故、自分は身動き一つ出来ずに長い、長い時間、固まり続けていたような錯覚に襲われていたのだろう。
そして響き渡る低い衝突音の後に、目の前に現れた微笑む黒い影は一体、何だったのか。大きく視点が宙に浮き、高い位置から見下ろしたあの男性は、何故それまで影も形も見えなかった犬を連れていたのだろう。
男にとっては、全てが現実味のない出来事でした。自らの体験した、白日夢のような一瞬の幻。
男は、雨に濡れた冷たいアスファルトから、何とか身体を持ち上げようと試みましたが、やはり、体は全く動きません。
幼子を自動車の中に入れた男性が、再び自分の元へと遣ってきます。一匹の犬がリードも付けずに、男性の足元に寄り添っています。まるで、気の小さな犬が飼い主の足元に身を潜めて隠れているような仕草です。傘以外の色彩が沈んでしまった雨の中で、犬の黄色がかった薄い焦茶色の毛並みが、神々しい程の光沢を放っています。
「何時の間に姿を現したのだろう」
不思議に思った男が、じっとその犬を見詰めました。
「いや、違う。これは犬じゃない。これは・・・」
そう思った刹那、男の耳元に笑い声が響いてきました。
夕刻と呼ぶにはまだ少し早い時間ですが、激しく降り続く雨と厚くたれ込めた雲の為、街は朦朧とした幔幕をおろしています。
既に灯された街灯が煌々とした灯りを湛えている中、交差点脇の一角だけは、どんよりとした薄墨色に塗りつぶされて、今にも吸い込まれそうな闇を醸し出していました。街灯の明かりさえも、無に帰すような深い暗闇です。
その中心、街路灯の下には、禍々しいまでの気配を発しながら微笑んでいる、黒い影が佇んでいました。
「うふふふふ」
影は、雨に濡れることもなく、嬉しそうに笑い声を上げながら、ゆっくりと男の方へと近付いてきます。
と、その瞬間。
男性の足元で息を殺していた犬が大きなうなり声と共に突然、此方に向かってくる黒い影に挑み掛かりました。
笑っていた黒い影は、獣の急襲を受けて驚いて空へと逃げ出します。犬も後を追って宙に舞いながら幾度となく影に体当たりを敢行していました。
「違う。あれは、犬じゃない。あれは、あれは狐だ」
男は、中空を飛び交い、何度も衝突を繰り返しながら、天へと駆け上がっていく二つの物体を驚嘆の眼で追い続けています。ぶつかり合う度に、黒い影はダメージを受けて漆黒の身体が襤褸襤褸と崩れてゆきます。
そのうちに、男の頬を濡らす雨が、金色に輝き始めました。それに呼応して、モノトーンに沈んでいた世界が、燦々と眩いばかりに色を成していきます。
舞い散る黄金の粒子の合間から、中空で激しくぶつかり合う二つの影が垣間見えます。狐の攻撃を受けていた黒い影の動きが次第に鈍くなってきました。頃合いを見計らうように狐は宙に浮いたままで身構えると、影に向かって大きく口を開けて吠え掛かります。
きーーーーーーんん!
何時までも鼓膜を震わす、硝子を爪で引っ掻いたような不快な高音階が周辺に木霊しました。黒い影は、一瞬にして破裂するように砕け散ると、そのまま地面へと墜落していきます。と、同時に周囲の街灯が全て割れ始めて、周囲の人の頭上に破片が降り注ぎました。
人々は悲鳴を上げながら避難してゆきます。傘も差さずに蒼白な顔で佇んでいた女性も、近くの人に手を引かれて歩道の隅へと連れて行かれます。
たった一人、狐を連れていた男性だけがその場に留まって男を見下ろしていました。
その時になって、男は初めて気が付きました。突然に降り始めたこの金色の雨は、この男性が降らしていたものだという事実にです。
黄金の雨は、男性が男に向けて翳した掌から放たれていたのです。
優しく、暖かな光です。
この黄金の雨に打たれながら、男の脳裏に幼かった頃の懐かしい想い出が蘇ってきました。
一人っ子だったこともあって、両親に溺愛された幼少時代。自分の小学校の入学式をあれほど楽しみにしていながら、その直前でこの世を去った優しい母親。
「お母さんは、あの天の川に引っ越して住んでいるんだよ。天の川の中には此処とそっくりな世界があって、この街と全く同じ場所があるんだ。お母さんは其処で星になって暮らしているんだよ」
夜空を指さして、そう教えてくれたのは父親だったでしょうか。
「だから母親に手紙を書いた。その言葉を信じて」
男は、平仮名しか知らない、幼稚園児の時に、何通も、何通も、宛先の自分の住所の前に「あまのがわし」、と書き添えて、手紙を送っていました。
しかし、全ての手紙は男の自宅へと送り返されてきます。自宅のポストに、あれほど苦労して書いた手紙が、母親の元に届くことなく戻ってきたことを知った時のあのやるせなさ。それでも手紙を出し続けるしかなかった、寂しさ、悲しさ。
父親も交通事故で小学六年の頃に亡くなりました。その後は親戚中を盥回しにされながら、最後には独力で高校を卒業し、今の職に就きました。
「そう。あの時のことがあったからこそ。俺はこの仕事を選んだんだ」
男が誰にも聞こえない声で呟きます。
「嗚呼。全ての配達が終わった後で良かった。大切な手紙が雨に濡れなくて良かった」
家族も身寄りもない男にとって、気懸かりなのは自分が配達すべき郵便物でした。男の視線の先には、赤い自転車が倒れています。自転車の前に付いている鞄は大きく口を開けて開かれていますが、中は空っぽでした。
金色の雨が男を優しく包みます。まるで穏やかに降り積もる雪のように、男の全身を金色に染め上げていきます。
「後は、これだけだな」
そんな男の声が聞こえたのか、脇に立っていた男性の顔が少しだけ曇りました。
「この三通の封筒を」
そう言って、男は自分の制服の内ポケットに仕舞ってある封筒に手を遣りました。
「おや、身体が動く」
金色の雨に打たれている内に、身体が自由に動くようになったのでしょうか。それまで、全く動かなかった腕が封筒を入れてある胸元へとすんなり伸びていきます。
男はそのまま立ち上がると、改めて周囲を見渡しました。既に雨は止み、金色の日射しが男に注いでいます。
否、雨は止んだのではありません。
雨は男の足元で、降り続けていました。
何時の間にか、男は雲の上に立っていたのです。下界を見下ろせば、灰色の街が、煙る雨の中で箱庭のように小さく見えます。
しかし、男の目の前には、彼が暮らしているのと全く同じ街の情景が映っています。
「まさか」
言いながら、男は駆け出しました。
街角を曲がり、自分の配達区域へと足を踏み入れます。すると、電柱には「雲の街」と、最初に書かれていながら、其処から先は自分の見知った、毎日郵便物を配達していた住所が書かれています。
男は懐から三通の封筒を取り出しました。
其処には「くものまち」と書かれた後、恐らく差出人の住んでいる場所と同じ住所が拙い平仮名で綴られています。
男は、差出人の顔すら知りませんでしたが、自分の配達地域です。その家の事情はよく分かっていました。長年、病に伏せた幼い女の子が居ること、看病疲れが原因なのか、その子の母親が一年程前に他界したこと。
この三通の手紙は、きっと女の子が病気と戦いながら、突然に亡くなった母親を想い、苦労して書いたものなのでしょう。だから、悪いことだと知りながら、男は封筒を差出人に返すことなく自分の制服のポケットに、そっと忍ばせました。
「もしかしたら」
そう思い。男は宛先の住所へと走っていきます。
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ぐあぁぁぁ!!!
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